「(嫌い、嫌い、って、逆に、それだけ意識してるってことだわ)」
『マダム・トンミーとなって久しいマダム・トンミー』には、風呂場から聞こえる洗濯機の音が、松坂慶子のことを『嫌い、嫌い』という夫ビエール・トンミー氏の叫びのように聞こえていた。
「(あの人、やっぱり『お局様』とも?...)」
と、会社にいた人事総務部の古株女性社員で、松坂慶子に酷似した、通称『お局様』と夫との仲を今更ながら疑い始めたが、
「(でもお、どっちにしてもあの人、もう『プロレス』する『元気』なくなちゃってるし…)」
10歳年上の夫が、別室で寝るようになって久しい。
「遅い時間まで色々、研究することがあるから、君が寝る邪魔になってはいけないからね」
夫は、別室で寝る理由をそう説明した。
「(あの人、『プロレス』よりも西洋美術史に関心があって、夜な夜な自分の部屋で、西洋美術史の研究ばかりしてるんだもの)」
マダム・トンミーは、ビエール・トンミー氏が、西洋美術史の中でも特に、『インモー』の研究を眼を凝らしながらしていることを知らない。
「(あの頃のあの人のバスローブ姿は、格好良かったのに)」
夫と初めて入った『逆さクラゲ』の部屋のバスルームを出たところで、バスローブ姿で仁王立ちする夫が、伝説の名レスラー『ルー・テーズ』のようにも見え、次に、アントニオ猪木のようにも見えたことを思い出す。
「(ふうう….今のあの人のバスローブの姿ったら…)」
マダム・トンミーは、脳裏に浮かぶ年老いた夫の貧相なバスローブの姿を消すように、頭を左右に振った。
(続く)