2021年1月15日金曜日

バスローブの男[その74]

 


「(9450だったわ…)」


『逆さクラゲ』の部屋のベッドにシーツにくるまり、半開きだった眼が段々、全開近くなって来た『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、思い出した。マーケティング部の部屋の壁際に置かれたパソコンFACOM9450の前に、ビエール・トンミー氏と並んで座る自分の姿である。


「(トンミーさんが開発してくれて…)」


そうだ、マーケティングの為のシステムをビエール・トンミー氏が開発してくれたのだった。そして、そのシステムの操作をFACOM9450で、ビエール・トンミー氏から教えてもらったのだ。


「(臭かったああ….)」


操作を教えるビエール・トンミー氏が放つ得も云われぬ臭気が、鼻腔に蘇る感覚に襲われた。が、それは単なる感覚ではなく、同じ臭気がマダム・トンミーが今包まっているシーツの中にも篭り、彼女の胸元から鼻腔へと上って来ていたのだった。


「(結婚披露宴みたいだなんて…)」


マダム・トンミーは、今また頬を染めた。マーケティングの為のシステムが完成した打上げが渋谷の居酒屋で開かれ、マーケティング部の部長から、新システム稼動の功労者として、部員たちを前に、ビエール・トンミー氏と並んで立った時、新郎新婦のようだと冷やかされたのだったが、そんなことよりも、


「(まさか、あんなところに凶器を隠してるなんて!)」


と、マダム・トンミーは、ビエール・トンミー氏の股間に視線を注ぎ、そこに凶器を持つビエール・トンミー氏と一戦交えたい気持ちに駆られていたことを思い出した。


「(狼?...)」


打上げの後、自分を送って行くビエール・トンミー氏と円山町に登る坂道で、自分の肩を抱くビエール・トンミー氏が、狼に見え、プロレスラー『ウルフマン』に変身したのだと思っていた、その時に、その『ウルフマン』に、ピンクとオレンジとブルーのネオンサインに包まれた建物に連れ込まれたのだった。


「(『逆さクラゲ』!)」


そこが、念願の『逆さクラゲ』と悟ったものの、酔いが回り、次に眼を開けた時、猛烈な獣臭に『うっ!』と思わず、えずいたが、今、再び、


「うっ!」


えずき、今包まっているシーツの中から登って来ている臭気が、その時の獣臭と同じものであることを知った。





(続く)




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