2021年1月9日土曜日

バスローブの男[その68]

 


「(ううーっ…)」


血走ったビエール・トンミー氏の眼に気圧されながらも、『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、『逆さクラゲ』の部屋の円形ベッドの上で、自らが置かれた事態を認識した。


「(トンミーさんって、そこまでするのね!)」


マダム・トンミーは、自分の視界を遮ったものが、自分のサッシュ・ブラウスであることを知った。そして、そのサッシュ・ブラウスをたくし上げ、彼女の顔面にかけたのが、ビエール・トンミー氏であることを認識した。


「うおー!」


再び、叫び声が聞こえ、マダム・トンミーの視界が開けた。サッシュ・ブラウスが、彼女の頭から抜かれたのだ。


「(リング衣装を剥ぎ取るなんて!)」


プロレスでは、試合開始のゴングが鳴る前に、相手レスラーを襲撃し、入場時のリング衣装を剥ぎ取るという展開は少なくはないが、まさか自分がそういう目に会うとは思っていなかったのだ。そう思う間もなく、


「うおー!うおー!」


更に大きな叫び声が上がり、野蛮な口臭にマダム・トンミーの顔は包まれた。ビエール・トンミー氏はもはや、相手レスラーではなく、一体の猛獣と化していたが、マダム・トンミーはそれに気付かない。




「(うっ!臭い!臭いけど…)」


一種の恍惚状態に陥り、マダム・トンミーが、三白眼になりかけた、その時であった。



(続く)



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