「さあ、ビエ君、召し上がれ」
と、母親に云われた『少年』は、
「はい!」
と、背筋を伸ばしたまま、斜め前の席に座る母親の方へと体を向け、サンドイッチを受け取った。特急列車の座席を回転させ、向い合わせの4人掛けの席になっていた。
「牛乳もあるわよ」
と、母親は、テトラパックの牛乳も手渡した。
「(この子には、やっぱりサンドイッチが似合うわ)」
母親は、その日の朝、おにぎりの弁当にするか、サンドイッチにするか考えたのだ。
「(だって、ハイカラだもの)」
『少年』は、母親の自慢の息子であった。
「(それに、美男子だし)」
両手でサンドイッチを持ち、大きく開け過ぎない口に運びながら、車窓から瀬戸内海を見る息子の横顔を見て、微笑んだ。
「ママ、私にもサンドイッチ頂戴」
隣に座っていた娘に催促され、母親は、我に返った。
「はい、どうぞ」
「もう、ママったら、いつもお兄ちゃん、優先なんだから」
と、少し頬を膨らませたが、娘は本気で怒っている訳ではないようであった。
「……」
前日も残業をし、疲れていたのか、『少年』の隣に座る父親は、うたた寝をしていた。
『少年』とその両親と妹の、そう、若き日のビエール・トンミー氏の一家は、父親の転勤に伴い、山口県宇部市の琴芝から広島市に引っ越して行くところであった。
(続く)
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