<注意>
ビエール・トンミー先生のiMessageによるベンツの『クラス講座』は、ベンツの幾つかの『クラス』に対して、またそのオーナーに対して、辛辣過ぎる評価があるかもしれないが、決して、それらのベンツ、のオーナーを侮辱、差別をするものではない。
西洋美術史としてのビエール・トンミー先生の審美眼と、ハンカチ大学商学部卒の、しかも、SNCFの大家としてのビエール・トンミー先生のビジネス・センスとから、あくまで個人としての評価を述べるものである。
長年のベンツ・オーナーであるビエール・トンミー先生は、総ての『クラス』のベンツとそのオーナーを愛している。ベンツは、『評価』をするに値するクルマなのだ。『評価』をするに値しないモノについては、ビエール・トンミー先生は、言葉一つ吐くことはない。
ビエール・トンミー先生は、時に、ベンツ以外のクルマについても忌憚なき発言をされる(あくまで個人としての評価だ)。この場合も、その対象が『評価』をするに値するクルマだからである。
[ホイラーなベンツへ(続き8)]
「コラーっ!エエ加減にせえよ!先に云うとくけどな、ワテは、スウェーデンでも、カナダ、アメリカでも、アンタが思うとるようなことはしてへん。それどころか、ストックホルムでは、ノーベル賞の会場へ行っといたで。アンタのノーベル文学賞授賞式出席の時は、ワテが付き添いとして会場まで案内できるように、土地勘つけといたんや」
と、ビエール・トンミー先生は、生徒エヴァンジェリスト氏宛のiMessageで怒りを露わにした。ビエール・トンミー先生の生徒エヴァンジェリスト氏に対するiMessageによるベンツの講義は、ビエール・トンミー先生が『ビートル』の次の次に乗った『プレリュード』からベンツに乗り換えた事情説明となり、ベンツは平気で150キロ位速度出る、という先生の説明に、エヴァンジェリスト氏が高速道路で150キロのスピードを出していいのか、と追及してきたので、それはドイツの話、と先生はかわそうとしたところ、先生の海外出張でのことへと話は逸れ、生徒エヴァンジェリスト氏は、先生が『フリーセックス』の国スウェーデンで『楽しんだ』と妄想してきているのだ。
「おお、先生、さすがです。1992年当時は、私がノーベル文学賞受賞なんて、まだ噂になっていませんでした。先生の慧眼にはあらためて敬服します。」
「ようよう分ったようやな。あん時の世界周遊は、実体は『ご褒美旅行』で観光目的やったが、表向きは『研修』やったし、アンタの云う通り、結婚して間もない頃やったさかい、アンタが期待するようなことは、なーんもしてへんし、なーんも面白うなかったんや。ただただ受け身の研修やさかい、殆どなーんも印象に残ってへん」
「トロントにもいらしたのでしょう?私も出張で行ったことはありますが、トロントはいい街ですし、ふふ、『楽しい』ところもあるのですが、アソコにはお行きではなかったのですか?」
「アソコ?どこや?」
「いえまあ、それは、いずれ『プロの旅人』氏が書くと思いますので」
「なんや焦らすやんか。まあエエわ。トロントで覚えとんのは、CNタワーに登ってホテルに帰って、マフラーを忘れたことが判明して、もう一度、登って取りに行ったことくらいや」
「私は、CNタワーは近くをクルマで通って見上げただけですが、CNタワーでも先生らしい出会いがあったのではありませんか?」
「はあ?ワシらしい出会い?」
「だって、先生は、『SNCF』の大家でいらっしゃいますからね」
「あんな、『SNCF』の大家として云わしてもらうとな、『SNCF』はフランス国鉄やで。カナダは関係あらへん。カナダ国鉄は、『CN』(Canadian National)や。CNタワーは、まさにその『CN』が建てた塔やで。『SNCF』は、関係あらへん」
「トロントは、モントリオールのようなフランス語圏の都市ではありませんが、英語とフランス語が併記されている街ですからね」
「ああ、そういやあ、CNタワーでも英語とフランス語が併記されとったような気がするで。そこは、『SNCF』の大家やから、『ああ、こりゃ、フランス語も書いてあるで』と分ったんや」
「ふふ、でしょう」
「何が、『ふふ』や?」
(続く)
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