<注意>
ビエール・トンミー先生のiMessageによるベンツの『クラス講座』は、ベンツの幾つかの『クラス』に対して、またそのオーナーに対して、辛辣過ぎる評価があるかもしれないが、決して、それらのベンツ、のオーナーを侮辱、差別をするものではない。
西洋美術史としてのビエール・トンミー先生の審美眼と、ハンカチ大学商学部卒の、しかも、SNCFの大家としてのビエール・トンミー先生のビジネス・センスとから、あくまで個人としての評価を述べるものである。
長年のベンツ・オーナーであるビエール・トンミー先生は、総ての『クラス』のベンツとそのオーナーを愛している。ベンツは、『評価』をするに値するクルマなのだ。『評価』をするに値しないモノについては、ビエール・トンミー先生は、言葉一つ吐くことはない。
ビエール・トンミー先生は、時に、ベンツ以外のクルマについても忌憚なき発言をされる(あくまで個人としての評価だ)。この場合も、その対象が『評価』をするに値するクルマだからである。
[ホイラーなベンツへ(続き25)]
「へっ!先生、どうなされたのですか?」
と、怯えながら、生徒エヴァンジェリスト氏は、ビエール・トンミー先生に返信iMessageを送った。ビエール・トンミー先生の生徒エヴァンジェリスト氏に対するiMessageによるベンツの講義は、ビエール・トンミー先生が『ビートル』の次の次に乗った『プレリュード』からベンツに乗り換えた事情説明となり、『ベンツのブレーキのポリシー』と話題が展開し、確実にクルマを止める為に、ブレーキパッドの削りカスがホイールに付着して黒くなるベンツに対し、批判的な言葉を発したカップルの女性のカレシが、自分のクルマを『土足禁止』としているとしたら、それは、そのカレシの車内は綺麗を保つという『ポリシー』なんだろう、とエヴァンジェリスト氏が云っことに(iMessageで)、先生は、怒りを示したのだ。
「アンタ、今、『ポリシー』云うたな」
「ええ、先生に『んぐっ!』したかもしれないオネエちゃんのカレシが、自分のクルマを『土足禁止』にしているとしたら、それは、車内は綺麗を保つ、というのが、そのカレシのポリシーだからではないか、と」
「『ポリシー』ちゅう言葉を安易に使うんやないで。『土足禁止』なんかはやなあ、ただの『偏執』や。『ポリシー』やあらへん。それを『ポリシー』云うんなら、『ベンツのブレーキのポリシー』は、『ベンツのブレーキの哲学』とでも云いかえなアカン」
「おお、哲学ときましたか。つまり、コトの根源、本質の追求なのですね」
「アンタ、たまにマトモなこと云うな。調子狂うで。また、何かオゲレツな話に持ってことしとんやないかと警戒してしまうで。でも、せやな、『コトの根源、本質の追求』ちゅうんは、アンタにとっては大事なことやったんやな。アンタの言葉に置き換えたら、『思想』と『理念』や。仕事ちゅうもんは、『思想』と『理念』を持ってせなアカンと、アンタが云うとったん覚えとるで」
(参照:【ビエール先生の『クラス』講座】Eクラスな男・NGクラスな男[その187])
「おお、そう云うことなのですね。ベンツのブレーキには、『思想』と『理念』が込められているのですね!」
「せやで。ベンツはクルマ作りに『哲学』を持ってんねん。そこには、『思想』と『理念』があるんや。ブレーキもそやねん。『ワテらのクルマは200キロ以上の速度で走りますねん。せやから、ブレーキは絶対に止まらんとアカン。その為には、ワテらはブレーキの鉄を削ってでも止めたるでェ。そん為には、ホイールが汚れてもカメへん』ちゅう、昔から絶対に変わらん『哲学』があんのや」
「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンかあ、あたりが、ベンツのブレーキには潜んでいるのですね」
「『野坂昭如』的にまた茶化そうとしてんのか。その手には乗らへん。『野坂昭如』のCM、若い人は知らんしな。そんなんより、ええか、このブレーキへの姿勢、『哲学』なんかが、国産車との違いやな。国産車なら、『お客はんからホイールが汚れるという意見があるで。そりゃ、改善せな。制限速度100キロやさかい、そのアタリで絶対に汚れんホイール作ったろ』てな感じやろな」
「その点、ベンツのブレーキは、『ホイラーの法則』が適用されているのですね!」
「は?」
(続く)
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