2022年1月12日水曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その106]

 


「それはな、『高野長英』たちが、幕府批判をしたからなんだ」


と、『少年』の父親は、牛田方面に向う『青バス』(広電バス)の中で、『少年』の疑問に答え始めた。


「『高野長英』は、『夢物語』とい本を書いて、その中で、幕府の対外政策を批判したんだ」


『少年』の父親は、『高野長英』が、『蛮社の獄』で幕府から弾圧を受けることになった事情を説明する。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明や、それに関連した宗教、宗派のこと等を説明し、『少年』の理解を得た。しかし、『少年』は、『シーボルト』は、要するに、日本の女性とどう結婚したのか、という質問に立ち戻ってきた為、『少年』の父親は、そもそも国際結婚は今でも容易ではないことを説明し、国際結婚ががちゃんと認められるようになったのは、明治6年に制定された明治6年に制定の『内外人民婚姻条規』であり、その法律の制定にあたり参考にされたという『ナポレオン法典』についての説明を続けていた。そして、その『ナポレオン法典』を『仏蘭西法律書』という名前の書物に翻訳した『箕作麟祥』(みつくり・りんしょう)言及し、その『箕作麟祥』の師である『坂野長英』にも言及し、更には、同じく『坂野長英』を師とした『高野長英』が、幕府から弾圧を受けた事情へと話は及んでいたのである。


「どう批判したの?」


『少年』は、ストレートな質問をした。


「日本人の漂流者を連れてきたアメリカ船の『モリソン号』に対して、幕府が打ち払ったりしてはいけない、としたんだ。そうすることは、人道に背くことだとイギリスから批判されるだろうとしたし、イギリスが大きな国力を持っていることを示して、幕府の政策は得策ではないとしたんだ」

「え?ん?は?イギリス?『モリソン号』って、アメリカの船なんでしょ?」

「あ、すまん、すまん。当初、『モリソン号』はイギリス船だと思われていたらしいんだ」

「でも、『高野長英』さんは、イギリスのことをよく知っていたんだね」

「そうだな。海外の事情に通じていたんだと思う」

「じゃあ、正しい海外事情を書いた本の題名が、どうして『夢物語』なの?」

「ふふ。いいところに気付いたな。自分の意見を、夢の中での学者同士のやり取りという形式で書いたからなんだ」




「ああ、あくまで夢の中の話だということで、幕府から睨まれないようにしたんだね」

「そうなんだ。でも、そうはいかなくて弾圧され、結局、自殺に追い込まれることになったんだ」

「正しいことを主張したのに…そんな時代だったんだね」

「今だって、そういうことはあるかもしれないんだぞ」


と、『少年』の父親は、何かに想いを馳せているようにも見えた時、


「『ミナミ』が、昔は女学校だったからなのかなあ」


バスの中の他の誰にも聞き取れない程度の小さな声が、呟きを続けていた。『ミナミ』という学校は、昔は女学校だったんだから、前年(1966年)にテレビ・ドラマ化もされた三浦綾子・原作の『氷点』のヒロインの少女『陽子』を演じる『内藤洋子』程に綺麗な少女がいてもよかったのに、と呟いたばかりなのに、それと矛盾するような呟きであった。


(続く)




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