2022年1月23日日曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その117]

 


「それは、国民が望んだからだろうし」


と、『少年』の父親は、言葉を選ぶように、『少年』に向け、ゆっくりとした話し方をした。牛田方面に向う『青バス』(広電バス)の中であった。


「皇室に長ーい歴史があるからだろうな。婚礼の際に、『三日夜の餅』を『三日夜の餅の儀』として、今でもしているのは、やはり皇室に長ーい歴史があるからだろう」


と、『少年』の父親は、天皇制の是非の問題から、話をまた『三日夜の餅』に戻そうとした。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明や、それに関連した宗教、宗派のこと等を説明し、『少年』の理解を得た。しかし、『少年』は、『シーボルト』は、要するに、日本の女性とどう結婚したのか、という質問に立ち戻ってきた為、『少年』の父親は、そもそも国際結婚は今でも容易ではないことを説明し、国際結婚ががちゃんと認められるようになったのは、明治6年に制定された明治6年に制定の『内外人民婚姻条規』であり、その法律の制定にあたり参考にされたという『ナポレオン法典』について説明し、『ナポレオン法典』を『仏蘭西法律書』という名前の書物に翻訳した『箕作麟祥』(みつくり・りんしょう)のこと、『箕作麟祥』の師である『坂野長英』、更には、同じく『坂野長英』を師とした『高野長英』、箕作麟祥』の父親である『箕作阮甫』のことまで説明していたが、ようやく話のテーマは、当時(江戸時代)の結婚へと戻ってきたところで、『結婚とは何か?』という根元的なものへと展開してしまい、父親が、古墳時際には、『妻問婚』(つまどいこん)という、夫が妻のところに通う結婚が一般的だったと説明したところ、『少年』は、『妻問婚』の場合、いつから結婚したことになるのか、と問い、父親は、回答に苦しみながら、『三日餅』(みかのもちひ)、そして、それを食べる、今でいう披露宴のようなものである『露顕』(ところあらわし)を説明したが、『少年』は、『露顕』まで三日間、男が女の元にこっそり通うことに納得せず、窮した父親は、『三日餅』(または、『三日夜の餅』)は、『源氏物語』にも出てくるものだ、と説明したものの、『少年』の納得を得られそうになく、『三日夜の餅』は、皇太子(今、つまり2022年の時点で『上皇』である人)の婚礼の際でもあったという説明を始めたのであったが、『少年』はその婚礼のパレードで投石事件があったことに触れ、天皇制の是非の論議になりそうであったのだ。


「長ーい歴史があるのは、皇室だけなの?」

「え?まあ、皇室だけではなく、由緒ある家には、皇室ほどではないにしても、長ーい歴史があるだろうなあ」

「ええ?そうかなあ?」

「ん?」


思い掛けない息子の否定の言葉に、『少年』の父親は、またもや自らの息子の顔を覗き込むようにした。


「普通の人、普通の家にだって歴史はあるんじゃないの?」

「…ん、まあ、そうだな」

「ウチにだって、ボクにだって、先祖はいるでしょ?」

「勿論、いるさ」

「ボクの先祖は、天皇の先祖より後に生まれたの?」

「え?....いや、そこは分らないなあ…」

「ボクの先祖が天皇の先祖より後に生まれたとしたら、その先祖は、どうやって生れたの?」

「それは、その親がいたからだろう」

「じゃあ、その親は、やっぱりボクの先祖なんじゃないの?」

「そうなるなあ」

「ボクの先祖が、まあ、ボクじゃなくって、他の人の先祖でもいいんだけど、その先祖より天皇の先祖が先に存在したっていうことがあり得るの?」

「ああ、そうだなあ。『アダムとイヴ』かあ」




と、『少年』の父親は、聡明な彼には珍しく、他人に、それも実の息子に押し捲られていたが、ようやく息子の云わんとすることを理解し、冷静さを取り戻したように見えた時、


「でも、『洋子』ちゃんは、『ハンカチ』には似合わないなあ…」


バスの中の他の誰にも聞き取れない程度の小さな声が、呟きを続けていた。どうやら、広島の進学校である広島県立広島皆実高校の出身で、『ハンカチ大学』の商学部に在籍しているようである呟きの主は、その時、同じ『青バス』(広電バス)に乗り合わせた美少女、前年(1966年)にテレビ・ドラマ化もされた三浦綾子・原作の『氷点』のヒロインの少女『陽子』を演じる『内藤洋子』に似た美少女が、それから数年後に、本当に『広島皆実高校』に入学することを知らず、『広島皆実高校』に入ることを望んだものの、自分が進学した田舎臭い学生が多い『ハンカチ大学』のキャンパスにいる姿を思い描けないようであった。実際、『内藤洋子』に似た美少女は、その後、親の転勤に伴い、東京の都立高校に転校し、『ハンカチ大学』ではなく、難関の女子大に入学することになるのであった。


(続く)




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