2022年1月3日月曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その97]

 


「あ、すまん、すまん。フランス語の方が表現がぴったりしているから、ついついフランス語のまま云ってしまった」


と、『少年』の父親は、牛田方面に向う『青バス』(広電バス)の中で、頭を掻きながら、息子に謝った。


「簡単に云うとだなあ、『ナポレオン』は、自分の功績は、数多の戦いにおける勝利ではなく、自分が作った『民法』だ、と云ったかもしれない、ということんだ」


広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明や、それに関連した宗教、宗派のこと等を説明し、『少年』の理解を得た。しかし、『少年』は、『シーボルト』は、要するに、日本の女性とどう結婚したのか、という質問に立ち戻ってきた為、『少年』の父親は、そもそも国際結婚は今でも容易ではないことを説明し、国際結婚ががちゃんと認められるようになったのは、明治6年に制定された明治6年に制定の『内外人民婚姻条規』であり、その法律の制定にあたり参考にされたという『ナポレオン法典』について説明している内に、ナポレオンが云ったかもしれない言葉を原語(フランス語)で話してしまったのだ。


「『民法』?」


『少年』は、それまでの父親の説明に出てこなかった言葉に引っ掛かった。


「ああ、『mon Code civil』が、『自分の(つまり、自分が作った)民法』ということになるんだが、これが、『ナポレオン法典』のことなんだ」

「『ナポレオン法典』って、『民法』だったんだね」

「厳密には、そうなる」

「厳密には?」

「『ナポレオン法典』は、本来は、フランス語では、『コード・ナポレオン』(Code Napoléon)というんだ」


と、『少年』の父親は、取り出したままにしていた手帳に、自身のモンブランの万年筆で、今度は、Code Napoléon』と書いた。


「『Code』というのは、英語でも同じだが、規則とか規定といった意味だな。だから、『ナポレオンの規則』、つまり、『ナポレオン法典』ということなんだが、『ナポレオン法典』は、『コード・ナポレオニヤン』(codes napoléoniens)という場合もあるんだ」


と、『少年』の父親は、取り出したままにしていた手帳に、自身のモンブランの万年筆で、今度は、codes napoléoniens』と書いた。


「なんだか、『ナポレオン』が猫になったみたいね」




兄と父親の会話を聞くではなく耳にしていた『少年』の妹が、父親の言葉にそう反応した時、


「『辻口陽子』は、やっぱり『洋子』ちゃんがいい」


バスの中の他の誰にも聞き取れない程度の小さな声が、呟きを続けていた。『辻口陽子』は、映画化されテレビ・ドラマ化もされた三浦綾子・原作の『氷点』のヒロインの少女であった。



(続く)



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