2022年1月5日水曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その99]

 


「『ハンムラビ法典』の『タリオの法』というのは、ラテン語で、『(レクス・タリオニス』(lex talionis)というんだ」


と、『少年』の父親は、牛田方面に向う『青バス』(広電バス)の中で、取り出したままにしていた手帳に、自身のモンブランの万年筆でlex talionis』と書いた。


「『レクス』(lex)は、ラテン語で『法』で、『タリオニス』(talionis)は、多分、『タリオ』(talio)の属格で、その『タリオ』(talio)というのは、ラテン語で『同じ』という意味の『タリス』(talis)から来ている言葉だそうだから、つまるところ、『タリオの法』は、『同害報復法』ということなんだ」


と、『少年』の父親は取り出したままにしていた手帳に、自身のモンブランの万年筆で、今度は、『同害報復法』と書いた。広島の老舗デパート『福屋』本店の南側出口(えびす通り玄関)を出た『少年』とその家族が、帰宅の為、えびす通りをバス停に向い、えびす通りと中央通りとの交差点の横断歩道近くまで来た時、父親は、中央通りの向こう側に聳える百貨店『天満屋広島店』を指差しながら、『天満屋』の歴史を語り出した。そして、『天満屋』の創業の時代、『文政』年間に、『シーボルト』が来日した、と説明し、更に、その『シーボルト』が、オランダ人として日本に入国したものの、実はドイツ人の医者であったこと、更には、日本の女性との間に娘をもうけたことを説明したところ、『少年』が、『シーボルト』は日本で日本の女性と結婚したんだね、と確認してきた為、当時(江戸時代)の結婚というものの説明まで始めることとなり、結婚の際に必要となった書類の説明や、それに関連した宗教、宗派のこと等を説明し、『少年』の理解を得た。しかし、『少年』は、『シーボルト』は、要するに、日本の女性とどう結婚したのか、という質問に立ち戻ってきた為、『少年』の父親は、そもそも国際結婚は今でも容易ではないことを説明し、国際結婚ががちゃんと認められるようになったのは、明治6年に制定された明治6年に制定の『内外人民婚姻条規』であり、その法律の制定にあたり参考にされたという『ナポレオン法典』についての説明を続けていたが、説明はそこから『ハンムラビ法典』へと派生していっていた。


「『目には目を』とか『歯には歯を』というと、なんだか酷いことを規定した法律のように思うかもしれないが、実際には、その逆なんだよ」

「目を潰されたら目を潰し返せ、って、やっぱりやり過ぎじゃないのかなあ」

「目を潰されたら目を潰し返せとか、目を潰されたら目を潰し返していいということではないんだよ。刑罰の上限を決めたものなんだ。やられたこと以上の報復をしてはいけない、ということなんだ」

「へええ、そうなんだ。『目には目を』という言葉だけ聞いて判断してはダメなんだね」

「尤も、『目には目を』は、『ハンムラビ法典』の他に、『旧約聖書』にも書かれてる言葉なんだ。『目には目を、歯には歯を、手には手を、足には足を』とな」

「え?『旧約聖書』にも?じゃあ、『ハンムラビ法典』は、『旧約聖書』を参考したの?」

「うーむ、多分、違うと思う。『旧約聖書』は、正しくは、ヘブライ語では『トーラー、ネビイーム、ケスビーム』で、日本語にすると、『律法、預言書、諸書』といってな」


と、『少年』の父親は、牛田方面に向う『青バス』(広電バス)の中で、取り出したままにしていた手帳に、自身のモンブランの万年筆で『律法、預言書、諸書』と書いた。


「あ、この『預言者』、未来を予測する『予言者』ではなく、神から預かった言葉を伝える人のことなんだが、そういった『預言者』たちが語ったことなんかをまとめていった書物なんだが、その『旧約聖書』の『出エジプト記』や『レビ記』なんかに、『モーセ』の律法として、目には目を』とあるんだ。『モーセ』って、『十戒』の『モーゼ』のことだ」

「ああ、海を割った人だね。まあ、おとぎ話みたいなものだと思うけど」





「いや、そうとは限らないぞ。色々な地形や気象条件が重なれば、起きない現象とも限らないかもしれないんだが」


と、『少年』の父親は、コンピューター・シミュレーションが発達する21世紀になると、まさにその可能性を論じる科学者が出てくることとは思いもせず、そう云った時、


「『徹』が、『妹』の『陽子』に魅かれるのも仕方ない…それ程に、『洋子』は美しい….」


バスの中の他の誰にも聞き取れない程度の小さな声が、呟きを続けていた。前年(1966年)にテレビ・ドラマ化もされた三浦綾子・原作の『氷点』のヒロインの少女の『兄』とされた『徹』は、実の妹ではないものの『妹』である『陽子』の恋情を抱くが、つぶやきを続ける小さな声は、ヒロインの『陽子』とそれを演じる若い女優『内藤洋子』との区別がつかなくなっているようでもあった。


(続く)




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