「大きい冷蔵庫から、大きい牛乳を取り出すんじゃろ?」
ビエール少年は、隣席(左隣)の女子生徒から、そう訊かれた。1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室であった。体育館の『思道館』での入学式を終えたばかりである。
「大きい牛乳?」
と反応しながら、ビエール少年は、『牛乳が大きい』とはどのような状態であるのか、想像を巡らせようとした。
「大きい瓶に入った牛乳よおね」
隣席(左隣)の女子生徒は、自らの言葉足らずを正した。
「大きい瓶に入った牛乳?」
少しは、想像はしやすくなったが、未だビエール少年には、隣席(左隣)の女子生徒が頭に描くイメージを共有できないでいた。そして、この女子生徒は、冷蔵庫にせよ、牛乳瓶にせよ、どうして、『大きい』ことに拘るのか解せなかった。
「大きい云うても、『砂谷(さごたに)牛乳』じゃないけえね」
隣席(左隣)の女子生徒は、ますますビエール少年を混乱に陥れる単語を使ってきた。
「『サゴタニ』?」
広島に引っ越してきて間もないビエール少年は、地元広島産の『砂谷牛乳』を知らなかった。『砂谷牛乳』には、通常の牛乳瓶よりずっと大きな900mℓの、下部がどっしりと大きく、上部の注ぎ口の方が、キュッと細くなった大きな瓶の牛乳があることも知らなかったのである。
「『チチヤス』も美味しいけど、『サゴタニ』も美味しいよねえ。小学校の給食も、脱脂粉乳じゃのうて、『チチヤス』か『サゴタニ』じゃったら、良かったあ、思うんよ」
「『チチヤス』?」
「ああ、そりゃ、知らんよおね。『チチヤス』も『サゴタニ』もアメリカにはないじゃろうけえ」
「アメリカ?」
ビエール少年は、隣席(左隣)の女子生徒が、『大きい』ことに拘るだけではなく、何かと『アメリカ』を出してくることも解せなかった。
(続く)
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