「ほうなんねえ、『ユーベ』いうところにおったんねえ!」
と云いながら、ビエール少年の隣席(左隣)の女子生徒は、席を立って、他の女子生徒たちのところに向った。1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室であった。体育館の『思道館』での入学式を終えたばかりである。
「ねえ、ねえ。やっぱりアメリカなんよ。『ユーベ』いうところなんじゃと」
隣席(左隣)の女子生徒は、興奮していた。
「家には、大きい冷蔵庫があって、大きい牛乳を飲んどるんよっ!」
隣席(左隣)の女子生徒は、クラスの他の女子生徒たちに、勢い込んで報告をする。
「ほうねえ。ウチ、そうようなんテレビで見たことあるけえ」
他の女子生徒たちも、まさに打てば響く、という云い方がふさわしい反応を見せる。
「ウチも、見たこと、ある、ある。ああように大きい牛乳をゴクゴク飲んでみたいねえ」
「ママが、大きいケーキ作ってくれるんじゃろ?」
「ウチの台所にゃあ、ああように大きい冷蔵庫は入らん」
「ああ、アメリカ人に生まれてきたかったあ」
女子生徒たちは、当時(1960年代である)、日本でも多く放映されていたアメリカのテレビ映画で見られた、大きな冷蔵庫から大きな牛乳瓶を飲むような豊かな生活に憧れていたのだ。
「え?ウチの冷蔵庫は、そんなに大きくは…それに、『ユーベ』じゃなく…」
と、ビエール少年は、勝手に形成れていく間違った自分の像を、女子生徒たちに否定しようとしたが、
「東京弁は、綺麗で格好ええのお。ワシにもおせえてやあ」
と、隣席(右隣)の男子生徒が、ビエール少年を振り向かせた。
「へ?いや、ボク、東京弁じゃないよ」
「ああ、標準語いうんかあ。どっちでもええけえ、ワシにもおせえてやあ」
隣席(右隣)の男子生徒は、座ったまま身を乗り出し、満面に広げた笑みをビエール少年に近付けてきた。
(続く)
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