「なんやて、もう石原プロはあらへんで。アイツにはもう、まき子夫人から『石原プロ』入り打診の電話が入ることはあらへん!」
と、ビエール・トンミー氏は、自宅を出たところで、突撃取材のようなものを仕掛けてきたマスコミの記者風のスーツ姿の男に対して、語気を強めた。
マスコミの記者風のスーツ姿の男は、ビエール・トンミー氏が『オールナイトニッポン』のパーソナリティとしてだけではなく、シンガー・ソング・ライターとしても、吉田拓郎の後を継ぐのだろう、と迫ってきたので、吉田拓郎の後は、友人のエヴァンジェリスト氏が継げばいいとかわそうとしたところ、エヴァンジェリスト氏には他に芸能界の道がある、と反論してきたのだ。それを、石原プロ入りのこととビエール・トンミー氏は理解したのである。
「『舘プロ』があります。舘ひろしさんの事務所は、石原プロの精神を受け継いでいますからね」
「舘ひろしからアイツに電話なんか入るはずないでえ。妄想、妄想や。なんにしても、ワテは高等遊民やさかい、芸能活動なんかしいへんし、フォークにも興味はないで」
「ふん!アイドル歌手やアイドル女優をモノにできてもですか?」
「なんや、モノにするて。オゲレツな云い方やなあ」
「吉田拓郎は、浅田美代子と結婚し、また、森下愛子とも結婚したんですよ」
「ああ、そういうたら、そないなこともあったんかもしれんな」
「アナタが吉田拓郎の後を継いだら、ふふ」
「なんや、ふふ、て?気持ち悪いやんか」
「『ユキ』さん、ですよ」
「へ?『ユキ』?『ユキ』がなんや?」
「内田有紀ですよ」
「え!」
「アナタが、吉田拓郎のように『君の髪い~があ』とと叫ぶように歌い出したら、内田有紀もイチコロかもしれませんよ」
「え!え!ええー!『有紀』さんが?!イチコロ!」
「そうですよ。だから、アナタ、吉田拓郎の後を継ぐんでしょ?」
「は!『有紀』さんが?!」
「そうですよ。内田有紀が、です!」
「んぐっ!」
「内田有紀がもうアナタの前に!」
「おおー!んぐっ!んぐっ!んぐっ!」
ビエール・トンミー氏は、自らが股間を抱え込むようにして、その場に倒れ込んだ、ようにも見えた……と、ビエール・トンミー氏は、思った(?)。
「アータ、どうしたの?大丈夫?」
夫人の声に、ビエール・トンミー氏は、息を吹き返した。自宅のリビングルームのソファにいた。
「え?」
「アータ、昼寝してると思ったら、急に何か歌い出して」
「え?歌い出した?」
「『君の髪い~があ』とかなんとか」
「ああ…」
「で、今度は、お腹かしら、いえ、もっと下の方だったかも、なんだか抱え込むようにして苦しみ出すんだもの」
「!….ああ、吉田拓郎が引退する、ってエヴァの奴が連絡してきたんだ。『君の髪い~があ』は、吉田拓郎の歌だ」
「ああ、吉田拓郎って、アナタの高校の先輩でしょ。原爆の爆風で窓の鉄の扉が歪んだままになってるあの被服廠の近くの高校の」
「そうだ。うん、そうだ。で、高校の文化祭に吉田拓郎が来てコンサートをした日、ボクは、お腹を壊してトイレに駆け込んだ。うん、昼寝していて、そのことを思い出したんだ。うん、そうなんだ」
「同級生に、『ユキ』って子がいたの?」
「え!!!!!!」
(おしまい)
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