「トンミーい、読んでみい」
英語の教師が、そのクラスの教室の最後列中央の席で、背中に棒でも入れたかのように背筋を伸ばして座る生徒を、指差しながら呼んだ。1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室であった。
「今の段落、最初から読んでみい」
教師も生徒たちも開いている英語の教科書のページに書かれた文章を読むよう、ビエール少年を指名した。教室の前方には、その文章を読めず、頭を掻きながら佇む別の生徒がいた。
「はい」
落ち着いた声で返事をしたビエール少年が、穏やかに席を立ち、文章を読めなかった生徒は、入れ違うように、席に着いた。
「また、トンミーくんじゃ」
生徒に一人が、そう云い、他の生徒たちも頷いた。まだ、入学して1ヶ月も経っていなかったが、英語の教師は、生徒たちが読めずにいる文章があると、すぐにビエール少年をあて、読ませるようになっていたのだ。
「🎵ペーラペラペラペーラペラ~」
英語の文章を読む声が、何かの音楽のように聞こえ、女子生徒たちの眼は半開きとなり、その音楽に合せ、頭は緩やかに円を描くように揺れた。
「That’s all.」
ビエール少年は、英語の教科書を自分の机の上に置き、教師に顔を向けると、静かにそう云った。
「おお、ようできた。トンミーには簡単過ぎるのお」
と、教師は、満足感に崩れた顔をビエール少年に向けたが、ビエール少年は、謙虚に俯くだけであった。
(続く)
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