「(『五右衛門風呂』が、元は『長州風呂』でもなんでもいいが、こっちは忙しいんだ!)」
という自分の思いは、嘘ではないが正しくはないことをビエール・トンミー氏は知っていた。
録画したビデオを見たり、歴史関係や美術関係の本を読んだり、映画を見に行ったりと、決して暇な生活を送っているわけではないが、今も『スーパー・マン』として日々、働いている友人のエヴァンジェリスト氏と違い、59歳で会社をリタイアした後、仕事は何もしていないのだ。
だが、エヴァンジェリスト氏は、仕事で忙しいはずなのに、まだ`五右衛門風呂』の薀蓄をiMessageでしてきたのであった。
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「『五右衛門風呂』は、元は『長州風呂』という名前じゃったんは、本当なんよ。じゃけど、『長州風呂』は、本当は『五右衛門風呂』じゃなかったいうんも本当なんよ」
「アンタ、自分の云うとること、分ってんのか?さっきの『でんでん』云う『シンゾー』ちゅうガキ程度の頭脳になったんやないか?」
「アンタが琴芝で入っとった『五右衛門風呂』は、お釜全体が鉄じゃったじゃろ?」
「『あたり前田の….』、いや、アカン。余計なこと云うと、また『平参平』とか云い出しよるさかいな。ええか、『五右衛門風呂』は、『石川五右衛門』が釜茹でにされたことから名前をつけられたもんやろ。なら、そのお釜が鉄なんは『あたり…』、いや、当然のことやないか。あ!ワテのことやから、黄金製の釜の風呂にでも入っとったとでも思うたんかいな?」
「まあ、確かに、アンタ、『ルシウス』も恐れ入る程の美貌じゃけえ、『黄金風呂』に入っとってもおかしゅうないし、『黄金風呂』に入ったアンタあ、セクシーじゃあ思うで」
「また、訳の分らんこと、云い出しよったで。ちゅうか、気持ち悪いこと云うんやないで」
「あ、すまん、すまん。『ルシウス』は、『黄金風呂』に入っとったんじゃのうて、『黄金風呂』を作るよう云われとったんじゃなかったかのお?それに、『ルシウス』は実在しとらんかったらしいしの。じゃけえ、『ルシウス』も恐れ入る程の美貌、いう表現は妥当じゃのうて、『阿部寛』も恐れ入る程の美貌、と云わんといけんかった。すまん、すまん」
「なんや、『テルマエ・ロマエ』の話かいな。面倒臭いやっちゃな」
「アンタが、黄金製の釜の風呂とか云い出すけえよ。元々の『五右衛門風呂』は、鉄製でもないし、黄金製でもなかったんよ。竃の上におかまを乗せて、木製の桶を乗せたもんじゃったんじゃと」
「それを『五右衛門風呂』と呼ぶんは、おかしいで」
「昔は、鉄が高価なもんじゃったけえ、そうしたんじゃろうけど、アンタの云う通り、鉄のお釜をそのまま風呂にした『長州風呂』の方が、『五右衛門風呂』の名前にふさわしかったんじゃろうねえ。じゃけえ、『長州風呂』が『五右衛門風呂』いうことになっていったんじゃろうねえ。それに、木製の桶が風呂じゃったら、アンタが好きな若い娘を入れても、その芳しいエキスが、漏れてしまうじゃろうしのお」
「おお、そうじゃったあ!」
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「(アイツ、『黄金風呂』に入ったボクがセクシーだなんて、オゲレツを通り越して、本当に気持ち悪いこと云うから、危なく本題を忘れるところだった…)」
と、云いながらも、ビエール・トンミー氏は、自らが、いや、若く、『原宿の凶器』の異名を取っていた頃の自分が『黄金風呂』に入った姿を想像し、一瞬、頬を緩めた。
(続く)
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