「(そういえば、『井荻』の下宿の『便所』は、汲み取り式だったのに、2階にあり、流石に便槽を2階に取り付ける訳にもいかなかったんだろう、2階から管を通して落とすという、珍妙な造りだった。だけど…)」
と、ビエール・トンミー氏が、あることを思い出しかけた時、その記憶の想起を更に促すiMessageを友人のエヴァンジェリスト氏が送ってきた。
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「ほうかのお。ワシは、自分の『分身』が、なんかブラックホールに引きずり込まれるような感じがして、物凄う怖かったんじゃけえ」
「ブラックホール?それやったら、アンタの『上井草』の下宿の『便所』の方やないけえ。ワテ、もうちょっとのとこで、気いを失うてまうとこやったんやで」
(参照:【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その15])
「上井草は、ああ、アンタが、初めて犯罪を犯したとこじゃのお。井草は井荻の隣じゃけえ、アンタ、動揺しとったん?なんか、井荻のこと嫌いみたいじゃけえ」
(参照:【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その19])
「エエ加減にしいや。『井荻』のことなんか知らへん、云うてるやろ!1970年から1974年、ワテは謎の5年を過ごしてたんや」
「いや、1970年から1972年は、アンタ、『広島皆実高校』の生徒じゃったじゃやないねえ。1年7ホームでワシと一緒で、2年3年は、クラス、いや、『ホーム」は違うとったが、アンタ、牛田から広電バスで翠町のワシの家まで来て、一緒に『広島皆実高校』まで通学したじゃないねえ」
「やからあ、今はもう有名大学への進学者も殆どいーへん『カイジツ』高校なんて知らんて!」
「アンタ、やっぱり『広島皆実高校』のこと、詳しいのお。愛校心を持っとるんじゃね。で、『広島皆実高校』を卒業した後、1973年は、アンタ、東京でワシと浪人生活送ったじゃないかいねえ。アンタ、『井荻』の下宿からようワシが次兄の『ヒモ』くんと住んどった南柏のアパートによう転がり込んできたよのお。で、2人でよう『東光ストア』に『豚の細切れ』を買いに行ったよのお」
「おお、懐かしいでえ、『東光ストア』!」
「アンタ、分っとるじゃろうが、『東光ストア』は、『今東光』のスーパーじゃあないけえね」
「アホか。誰が、あの坊さん作家のスーパーやと思うねん。『東光ストア』は、今の『東急ストア』やないけ。今でも『東急ストア』は、ワテの御用達のスーパーや」
「『今東光』のスーパーじゃったら、ワシ、買いモンに行かんかったけえ。『今東光』はどうでもエエが、弟の『今日出海』は困るけえ」
「なんか知らんが、どうでもエエことや」
「確か、『田園交響楽』じゃったあ、思うんじゃが、アンドレ・ジッドの小説を『今日出海』が翻訳しとったんじゃが、その最初の1ページ目を読んでも意味が通じんのんよ。で、原作を読んだら、誤訳しとったんが判ったんよ。『今日出海』は、東大の仏文を出とったはすなんじゃが」
「そりゃ、東大の仏文やったら、『OK牧場大学』のフランス文学修士のアンタよりレベル低いやろ。『OK牧場大学』の大学院のフランス文学専攻には、東大からもぎょうさん受験してくるが、あんまり受からかったんじゃろ、アンタが修士に入った頃は」
「あ!そうじゃ。ワシが『OK牧場大学』に入学した1974年は、アンタ、とこにおったん?アンタ、2浪目じゃやったが、なんか、アンタと殆ど会っとらんかった気がするんよ。アンタ、1974年は、どしたんじゃった?まだ『井荻』におったんじゃったかのお?」
「う…」
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「(アイツめえ!他人の傷に塩を塗り込んできやがる!)」
と、ビエール・トンミー氏は、強く、強く歯軋りをした。
(続く)
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