2018年5月7日月曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その81]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、後に、フラッシュ・メモリーを発明した舛岡富士雄さんについて、変人扱いされる方であるかもしれないが、実は、ただ『曲がったことが嫌いな男』でいらっしゃるだけなのだ、と思うようになることをまだ知らなかった。


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1980年12月、上池袋の『3.75畳』の下宿で、小さな炬燵に足を入れ、万年床を座布団替りに、修士論文『François MAURIAC論』書いていた時、エヴァンジェリスト氏は資料として、モーリアックの精神的自叙伝とも云われる『続・内面の記録』(Nouveaux mémoires intérieurs )を手にするべく、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとし無理をしてしまった。

「うっ!」

という声を発し、体を左100度程、回したまま、そのままの姿勢で万年床に倒れた。

「(死ぬう…….このまま、この体勢のままでボクは死ぬのか……?)」

とは思ったが、無論、死ぬことはなく、少し時間を経て、『やや左に傾けたまま』部屋を出て、下宿の階段を気をつけて降り、明治通り沿いの歩道に出た。

5m程行ったところに薬局があったのだ。

「あら、どうしたの?」

店(薬局)に入ると、苦痛に顔を『歪め』、姿勢も『歪めた』エヴァンジェリスト氏を見て、店の女性(おばさん)が、店のカウンターから出てきた。

「(…….)……痛いんです…..」
「痛いの?.....背中?」
「(…….)」

声が出ない。右手で肩を叩き、次いで、その手を脇の下から背中に回すようにした。

「ああ、首、肩、背中ね。じゃあ、湿布ね。それと痛み止めだわね」

そう云うと、店の女性(おばさん)は、カウンターの向こうに戻った。

声が出ず、『歪んだ』姿勢のまま、エヴァンジェリスト氏の視線は、カウンターになっているガラス・ケースに行った。

「(…….?)」

ケースの端に、ひっそりとオシャレな小箱が重ねてあった。

「(…….チョコレート?)」

いや、そこは薬局であった。

「(…….!)」






薬局にチョコレートがある訳がなかった。

「(…….!)」

今なら、ドラッグ・ストアには、チョコレートのみならず、色々な食料品が売られているが、当時の薬局は、文字通り薬を販売するところであったのだ。

「(…….!!)」

それが何であるか、判った。

「(おお…….!!)」

体そのものは『歪んで』いたが、ある部分が『真っ直ぐ』となった。



「おや、熱もあるのかい?」

店の女性(おばさん)が、カウンター越しに声を掛けてきた。

「(…….??)」
「顔が赤いわよ」

そう云われ、若きエヴァンジェリスト氏の顔は、更に紅潮した。


(続く)



2018年5月6日日曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その80]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、好きになった女性との結婚を親に反対されながらも『真っ直ぐに』愛を貫き、結婚したものの、その女性(つまり、妻)から、後に『私の人生を返せ』と言われるようになったが、『真っ直ぐな』自分は、それでも妻を愛し続けることをまだ知らなかった。


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エヴァンジェリスト氏は、モーリアックは、精神的自叙伝とも云われる『続・内面の記録』(Nouveaux mémoires intérieurs )を手にするべく、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとし無理をした為、

「うっ!」

という声を発し、体を左100度程、回したまま、そのままの姿勢で万年床に倒れた。

「(うっ!)」

と、苦悶の声も、声にならなくなった。

「(失敗だ……失敗してしまった…..…ううーっ!.......『曲がったことが嫌い』なボクとしたことが!)」

1980年12月、上池袋の『3.75畳』の下宿で、小さな炬燵に足を入れ、万年床を座布団替りに、修士論文『François MAURIAC論』書いていたのであった。

『続・内面の記録』は、エヴァンジェリスト氏の体のほぼ真後ろにあった。

「(死ぬう…….このまま、この体勢のままでボクは死ぬのか……?)」

いや、死にそう、ではないようだ。猛烈な痛みがあったが、痛いからといって死ぬものではない。

「(…ううーっ!)」

唸りながらも身を起こし、更に、体を『やや左に傾けたまま』立ち上がった。まだまだ猛烈に痛む。しかし、このままではいけない。

「(….む………)」

しかし、姿勢への不満の前に痛みをなんとかする必要があり、エヴァンジェリスト氏は、『やや左に傾いた姿勢のまま』部屋を出て、下宿の階段を気をつけて降り、明治通り沿いの歩道に出た。

「(見るな!)」

すれ違う人に睨みをきかせた。こんな『曲がった姿勢』を他人に見られるのが嫌であった。

そして、5m程行ったところにある店の扉を開けた。

「いらっしゃい」

店の女性(おばさん)が声を掛けた。

「あら、どうしたの?」

苦痛に顔を『歪め』、姿勢も『歪めた』エヴァンジェリスト氏を見て、店の女性(おばさん)は、店のカウンターから出てきた。

「(…….)……痛いんです…..」






そこは、薬局であった。以前、風邪薬を買いに来たことがあった。

「痛いの?.....背中?」

店の女性(おばさん)は、エヴァンジェリスト氏の背中に回り込むようにして訊いた。

「(…….)」

声が出ない。右手で肩を叩き、次いで、その手を脇の下から背中に回すようにした。

「ああ、首、肩、背中ね」

辛うじて頷く。

「じゃあ、湿布ね。それと痛み止めだわね」

そう云うと、店の女性(おばさん)は、カウンターの向こうに戻った。

「(…….)」

声が出ず、『歪んだ』姿勢のまま、視線がカウンターになっているガラス・ケースに行った。

「(…….?)」

ケースの端に、ひっそりとオシャレな小箱が重ねてあった。

「(…….チョコレート?)」



いや、そこは薬局であった。

「(…….!)」


(続く)



2018年5月5日土曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その79]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、好きになった女性との結婚を親に反対されながらも『真っ直ぐに』愛を貫き、結婚したものの、その女性(つまり、妻)から、後に『私の人生を返せ』と言われるようになることをまだ知らなかった。

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「(うっ!)」

と、エヴァンジェリスト氏は、苦悶の声も、声にならなかった。

1980年12月、上池袋の『3.75畳』の下宿で、小さな炬燵に足を入れ修士論文『François MAURIAC論』書いていたエヴァンジェリスト氏は、モーリアックは、精神的自叙伝とも云われる『続・内面の記録』(Nouveaux mémoires intérieurs )を手にするべく、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとし、無理をしてしまったのだ。

「(死ぬう…….このまま、この体勢のままでボクは死ぬのか……?)」

とも、思うが、声が出ない。

「(痛い…….……ううーっ!)」

と、心中で唸りながらも、痛みが少し、少しだけだが和らいできた。

「(失敗だ……失敗してしまった…..…ううーっ!.......『曲がったことが嫌い』なボクとしたことが!)」

『曲がったことが嫌い』な自分が、体を思い切り『曲げ』、ほぼ真後ろにあったNouveaux mémoires intérieurs』(続・内面の記録)を取ろうとしてしまったのだ。

「(…ううーっ!)」

唸りながらも身を起こし、更に、体を『やや左に傾けたまま』立ち上がった。しかし、このままではいけない。






『曲がったことが嫌いな男』であるエヴァンジェリスト氏は、自身の体が『やや左に傾いた状態のまま』であることに我慢がならない。

「(….む………)」

しかし、姿勢への不満の前に痛みをなんとかする必要があり、エヴァンジェリスト氏は、『やや左に傾いた姿勢のまま』部屋を出て、下宿の階段を気をつけて降り、明治通り沿いの歩道に出た。

「(見るな!)」

すれ違う人に睨みをきかせた。こんな『曲がった姿勢』を他人に見られるのが嫌であった。実際には、彼のことなんぞ、誰が見ることはなかったのだが。

5m程行ったところにある店の扉を開けた。

「いらっしゃい」

店の女性(おばさん)が声を掛けた。



「あら、どうしたの?」

苦痛に顔を『歪め』、姿勢も『歪めた』エヴァンジェリスト氏を見て、店の女性(おばさん)は、店のカウンターから出てきた。

「(…….)……痛いんです…..」


(続く)



2018年5月4日金曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その78]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、好きになった女性との結婚を親に反対されながらも『真っ直ぐに』愛を貫き、結婚することになることをまだ知らなかった。


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1980年12月、上池袋の『3.75畳』の下宿で、小さな炬燵に足を入れ修士論文『François MAURIAC論』書いていたエヴァンジェリスト氏は、モーリアックの精神的自叙伝とも云われる『続・内面の記録』(Nouveaux mémoires intérieurs )を手にするべく、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとした。

修士論文を書くにあたり、エヴァンジェリスト氏は、参考文献を机がわりの炬燵の上に置き、そこに置ききれないものは、座布団代わりとしていた万年床の布団の上に、自らの体を取り巻くように置いてあり、『続・内面の記録)』は、座った体の真後ろに置いてあったのだ。

「うっ!」

という声を発したきり、エヴァンジェリスト氏はそれ以上、声を出すことができなくなった。

体を左100度程、回したまま、そのままの姿勢で万年床に倒れ、

「(うっ!)」

と、苦悶の声も、声にならなかった。

「(死ぬう…….このまま、この体勢のままでボクは死ぬのか……?)」

『曲がった』体勢のまま、斜め上に天井を見る。

「(………)」

まだ声が出ない。

「(痛い…….……ううーっ!)」

しかし、

「(死ぬう…………んん?)」

いや、死にそう、ではないようだ。猛烈な痛みがあったが、痛いからといって死ぬものではない、と少しずつ冷静さを取り戻してきたが、『3.75畳』に『曲がって』倒れたままだ。

「(このままでは『生き神クマリ』のように、この部屋の中に居続けることになる…….)」

しかし、目だけは動いた。視線が天井から外れ、目の前の万年床に移った。

そこには、『Nouveaux mémoires intérieurs』(続・内面の記録)があった。

「(そうだ…….『罪人の復権』であった)」

ようやく自身が置かれた状況を理解できてきた。






「(『罪人の復権』の前に、ボク自身が『復活』しないといけない)」

痛みが少し、少しだけだが和らいできた。

「(失敗だ……失敗してしまった…..)」

左肘を布団についた。

「(…ううーっ!.......『曲がったことが嫌い』なボクとしたことが!)」

少し『杉下右京』的な云い方であったが、エヴァンジェリスト氏はその時、まだ『杉下右京』を知っている訳でも、ましてや、『杉下右京』の定年退職後、自分が『袖下左京(そでのした・さきょう)』として『特命係』になると噂されるようになることを知りはしなかった。




「(迂闊だった….)」

『曲がったことが嫌い』な自分が、体を思い切り『曲げ』、ほぼ真後ろにあった『Nouveaux mémoires intérieurs』(続・内面の記録)を取ろうとしてしまったのだ。



「(…ううーっ!)」

唸りながらも身を起こし、更に、体を『やや左に傾けたまま』立ち上がった。

「(…ううーっ!)」

まだまだ猛烈に痛む。しかし、このままではいけない。


(続く)



2018年5月3日木曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その77]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、不祥事を起こした『TOKIO』の山口達也メンバーに対して、『TOKIO』のリーダーである城島茂が厳しい言葉を吐く一方で、山口達也メンバーについて、『TOKIO』復帰が叶わなかったら、坂田利夫、江木俊夫、黒沢年雄、田母神俊雄からなる『TOSHIO』入りすればいいという『ひん曲がったこと』を云う輩が出てくることを、まだ知らなかった。


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「うっ!」

という声を発したきり、エヴァンジェリスト氏はそれ以上、声を出すことができなくなった。

1980年12月、上池袋の『3.75畳』の下宿で、小さな炬燵に足を入れ修士論文『François MAURIAC論』書いていたエヴァンジェリスト氏は、モーリアックは、精神的自叙伝とも云われる『続・内面の記録』(Nouveaux mémoires intérieurs )を手にするべく、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとしたのであった。

エヴァンジェリスト氏は、François MAURIAC』(フランソワ・モーリアック)の最高傑作『蝮の絡み合い』(『Le Nœud de Vipères』)を境にフランソワ・モーリアックの小説は変わる、と捉えていた。

『罪人の復権』とでも呼ぶべき思想を、フランソワ・モーリアックは、『蝮の絡み合い』で初めて示した、とエヴァンジェリスト氏は考える。

その『罪人の復権』についての記述があったはずと思い、『続・内面の記録』を確認しようとしたのだ。

修士論文を書くにあたり、エヴァンジェリスト氏は、参考文献を机がわりの炬燵の上に置き、そこに置ききれないものは、座布団代わりとしていた万年床の布団の上に、自らの体を取り巻くように置いてあり、『続・内面の記録)』は、座った体の真後ろに置いてあった。

エヴァンジェリスト氏は、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとしたが…….

「うっ!」

という声を発したきり、エヴァンジェリスト氏はそれ以上、声を出すことができなくなった。

体を左100度程、回したまま、そのままの姿勢で万年床に倒れ、

「(うっ!)」

と、苦悶の声も、声にならなかった。

『曲がった』体勢のまま、斜め上に天井を見た。

「(死ぬう…….このまま、この体勢のままでボクは死ぬのか……?)」

上池袋の『3.75畳』の下宿に来る者はいない。

「(動けない……ううーっ!)」






天井のシミが見える。いや、天井のシミしか見えない。

「(………)」

まだ声が出ない。

天井のシミ、節が、人間の顔に見えるとも云うが、何にも見えない。

それより何より、

「(痛い…….……ううーっ!)」

しかし、

「(死ぬう…………んん?)」

いや、死にそう、ではないようだ。猛烈な痛みがあったが、痛いからといって死ぬものではない。

少しずつ冷静さを取り戻してきた。

「(だが、動けない…….)」



『3.75畳』に『曲がって』倒れたままだ。

「(このままでは『生き神クマリ』のように、この部屋の中に居続けることになる…….)」

しかし、目だけは動いた。視線が天井から外れ、目の前の万年床に移った。

そこには、『Nouveaux mémoires intérieurs』(続・内面の記録)があった。

「(そうだ…….『罪人の復権』であった)」

ようやく自身が置かれた状況を理解できてきた。


(続く)




2018年5月2日水曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その76]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、『TOKIO』の山口達也メンバーが不祥事を起こし、その謝罪会見で涙ながらに、『TOKIO』への復帰に触れたことについて、『TOKIO』のリーダーである城島茂が『あり得ない』と一喝したことを知り、城島茂も『曲がったことが嫌いな男』なのだなあ、と思うようになることを、まだ知らなかった。


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『愛の砂漠』で妻以外の女(マリア・クロス)に恋する医師クーレージュは、救われるに到らない。夫を毒殺しようとした『テレーズ・デスケイルー』も救われるに到らない。

しかし、『蝮の絡み合い』の主人公であるルイは、憎悪と吝嗇に蝕まれた罪の人間であるが、彼は救いへと導かれる。

1980年12月、上池袋の『3.75畳』の下宿で、小さな炬燵に足を入れ書いていた修士論文『François MAURIAC論』の中で、エヴァンジェリスト氏は、François MAURIAC』(フランソワ・モーリアック)の最高傑作『蝮の絡み合い』(『Le Nœud de Vipères』)を境にフランソワ・モーリアックの小説は変わる、と捉えていた。

モーリアックは、『蝮の絡み合い』の主人公ルイに、自分の子どもの中で唯一愛した娘マリーとの、ミサに行くという約束を破った日について、次のように語らせた。

「人気がなく息詰まるようなボルドーの町で、怖ろしい(terrible)一日を過ごした」

この『terrible』という気持ちこそは、罪の自覚から生まれるものである。

己が罪人であることを知ること、即ち、己の罪、己の悲惨を見ることだけでは、罪人は救われ流ものではないが、己を見ること、己の罪の自覚は、『罪人の復権』につながるものなのだ。

『罪人の復権』とは、簡単に云うと、

「罪人こそ義人、即ち、救われる人間である。己が罪人であることを知っていることによって」

である。

エヴァンジェリスト氏は、モーリアックは、精神的自叙伝とも云われる『続・内面の記録』(Nouveaux mémoires intérieurs )の中で『罪人の復権』について記述していたはず、と思い、その『続・内面の記録』を確認しようとした。

修士論文を書くにあたり、エヴァンジェリスト氏は、参考文献を机がわりの炬燵の上に置き、そこに置ききれないものは、座布団代わりとしていた万年床の布団の上に、自らの体を取り巻くように置いていた。

『続・内面の記録)』は、座った体の真後ろに置いてあり、エヴァンジェリスト氏は、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとした。

「うっ!」






「うっ!」

という声を発したきり、エヴァンジェリスト氏はそれ以上、声を出すことができなくなった。

そして、体を左100度程、回したまま、そのままの姿勢で万年床に体を倒した。

「(うっ!)」

苦悶の声は、声にならなかった。

『曲がった』体勢のまま、斜め上に天井を見た。



医師クーレージュ、テレーズ・デスケイルーの苦しみ、ルイの苦しみへの共感はもうなかった。

「(死ぬう….)」

人生で初めて、『死』を意識した。

「(このまま、この体勢のままでボクは死ぬのか……?)」

上池袋の『3.75畳』の下宿に来る者はいない。『彼女』がそこに来るのは(『彼女』を連れ込むのは)、まだ2-3年先のことなのだ。

「(動けない……ううーっ!)」


(続く)


2018年5月1日火曜日

【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その75]



「エヴァさん、曲がれるよね?」

列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、統合幕僚監部に所属する幹部自衛官がある国会議員に対して、「お前は国民の敵だ」という、ある意味で『真っ直ぐな』言葉を発することはまだ知らなかったが、『Civilian Control』なるものが空虚な概念であることは既に知っていた。


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エヴァンジェリスト氏は、ペンを置き、右手で左胸を抑え、目を閉じた。

1980年12月、上池袋の『3.75畳』の下宿でエヴァンジェリスト氏は、小さな炬燵に足を入れ、修士論文『François MAURIAC論』を書いていた。

François MAURIAC』(フランソワ・モーリアック)の小説Le désert de l' amour]で妻以外の女(マリア・クロス)に恋する医師クーレージュは、独白する。

マリア、私は、貴女が思うようなものではないのだ。私は、ただただ浅ましい男なのだ。他の男たち同様、欲望に取り憑かれている男にすぎないのだ」

エヴァンジェリスト氏は、医師クーレージュの独白に胸が詰まる。比喩的表現ではなく、実際に、肉体的に胸が詰まるのだ。

自分がモーリアックの小説を読むのは、そして、修士論文『François MAURIAC論』を書くことも、己の醜さを知り、それに苦しむモーリアックの作中人物たち思いを辿り、彼らに、

「貴方たちの苦しみを私は知っている。貴方たちだけではないのだ。私も同じなのだ。私の心も醜悪だ」

伝える行為であった。

それは、快感でもあったが、やはり辛い行為であった。医師クーレージュやルイの心中の叫びに共感することに、快感があったことは間違いないが、彼らの苦しみを共にすることは、肉体的な苦しみをエヴァンジェリスト氏に与えていた。

「私は、ただただ浅ましい男なのだ」

という医師クーレージュの独白、彼の絶望に、エヴァンジェリスト氏は、苦しさを覚えた。だから、目を閉じ、右手で左胸を抑えたのである。

しかし、エヴァンジェリスト氏の身に、モーリアックの作中人物への共感による苦しみよりも遥かに強烈な苦痛が与えられるのだ。






『愛の砂漠』で妻以外の女(マリア・クロス)に恋する医師クーレージュは、救われるに到らない。夫を毒殺しようとした『テレーズ・デスケイルー』も救われるに到らない。

しかし、『蝮の絡み合い』の主人公であるルイは、憎悪と吝嗇に蝕まれた罪の人間であるが、彼は救いへと導かれる。

それは、モーリアックが、ルイに次のように語らせるからである。

「私の性格を形成しているのは、恐ろしいばかりの明晰さだ。その明晰さは、どんな女性をも捉えたはずだ。君(妻のこと)だけは違ったが。多くの男たちにあっては、生きるよすがともなる自分自身を欺くずるさというものが、私にはずっと欠けていたのだ」

エヴァンジェリスト氏は、それを『罪人の復権』とでも呼ぶべき思想と考える。

ルイは、自分の子どもの中で唯一愛した娘マリーとの、ミサに行くという約束を破った日について、次のように記す。

「人気がなく息詰まるようなボルドーの町で、怖ろしい(terrible)一日を過ごした」

この『terrible』という気持ちこそは、罪の自覚から生まれるものである。

己が罪人であることを知ること、即ち、己の罪、己の悲惨を見ることだけでは、罪人は救われない。

しかし、己を見ること、己の罪の自覚は、『罪人の復権』につながるものなのだ。

『罪人の復権』とは、簡単に云うと、

「罪人こそ義人、即ち、救われる人間である。己が罪人であることを知っていることによって」

である。

モーリアックは、精神的自叙伝とも云われる『続・内面の記録』(Nouveaux mémoires intérieurs )の中で『罪人の復権』について記述していたはずだ。

そう思い、エヴァンジェリスト氏は、『続・内面の記録』を確認しようとした。

修士論文『François MAURIAC論』を書くにあたり、エヴァンジェリスト氏は、参考文献を机がわりの炬燵の上に置き、そこに置ききれないものは、座布団代わりとしていた万年床の布団の上に、自らの体を取り巻くように置いていた。

Nouveaux mémoires intérieurs』(続・内面の記録)は、座った体のほぼ真後ろに置いてあった。

エヴァンジェリスト氏は、炬燵に足を入れたまま、体を180度回そうとした。



「うっ!」


(続く)