2020年12月20日日曜日

バスローブの男[その52]

 


「(ひゃっ!)」


塞がれた口の中で『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、叫び声を上げた。


「(こ…これは!?)」


『逆さクラゲ』の部屋に入ったところで、眼前の円形ベッドから、円形リングで行なわれたアントニオ猪木と柔道の金メダリスト『チョチョシビリ』との異種格闘技戦を想起していた時に、これから『一戦』を交えるはずであったビエール・トンミー氏の口で、自らの口を塞がれていたので、声を上げることはできず、塞がれた口の中でもぐもぐとした。


「(クロー!...でも)」


ビエール・トンミー氏の口で口を塞ぐ『窒息技』に続くまさかの攻撃に驚嘆を隠せない。


「(こんなところにクローなんて聞いたことないわ!)」


マダム・トンミーは、右臀部をビエール・トンミー氏の左手で鷲掴みにされたのだ。


「(トンミーさん、『鉄の爪』フリッツ・フォン・エリックの得意技まで習得なさってたのね)」


『鉄の爪』フリッツ・フォン・エリックは、云うまでもなく、アイアン・クローで有名であった伝説のレスラーだ。




「(でも…このクロー、痛いっていうより…)」


と思ったところであった。



(続く)




2020年12月19日土曜日

バスローブの男[その51]

 


「(ト、ト、ト……)」


『トントンとんまのてーんぐさん』と『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、唄おうとしたのではなかった。彼女は、その世代ではない。ピンクの照明も怪しい『逆さクラゲ』の部屋に入り、眼前の円形ベッドから、円形リングで行なわれたアントニオ猪木と柔道の金メダリスト『チョチョシビリ』との異種格闘技戦を思い出し、そう…


「(ト、ト、トンミーさん!)」


一緒に『逆さクラゲ』に入ったビエール・トンミー氏とのこれから始まるであろう『一戦』を柔道の裏投げで決めようと思っていた自らの口を塞いだのが、まさにこれから『戦う』相手のビエール・トンミー氏の口であることを、マダム・トンミーは知ったのだった。


「(え!いきなり!...私が、甘かった…)」


口を塞がれたままマダム・トンミーは、反省した。


「(一瞬たりとも隙を見せてはいけなかったんだわ。そうよ、プロレスって、ゴングが鳴ってから試合が始まるんじゃないもの。リングに上がった瞬間から、いえ、リングに上がる前から試合は始まっているんだった…うっ!)」


ビエール・トンミー氏の口は、更に強く押し付けられてきた。


「(これは…窒息技ね。く、る、しーい!反則だわ……でも、プロレスに反則はつきもの。まさか、トンミーさんが、こんな荒技の持ち主だったなんて!)」





マダム・トンミーは、もがいた。



(続く)



2020年12月18日金曜日

バスローブの男[その50]

 


「(いいわ、裏投げで決めるわ!)」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、『逆さクラゲ』の部屋にある円形ベッドを見て、柔道家『チョチョシビリ』のあの投げ技で、これから一戦を交えるビエール・トンミー氏を打ち負かそうと考えた。円形リングで行なわれたアントニオ猪木と『チョチョシビリ』との異種格闘技戦で、『チョチョシビリ』が猪木を破った技である。


「(テーズ流のバックドロップでもいいわ)」


伝説のプロレスラーであるルー・テーズのバックドロップは、多くのプロレスラーが使う、相手レスラーを後ろに投げるようなものではなく、相手を持ち上げてその場で背中からマットに叩きつけるような、そう、柔道の裏投げに近いものであったのだ。


「ふふっ」


と、マダム・トンミーが、思わず口元を緩めたその時であった。


「うっ…」


半開きのその口が、いきなり何かに塞がれたのだ。


「(え!?何?何、何、何?)」


忙しなく瞬きしたマダム・トンミーは、顔面間近に人の眼を見た。瞳孔の真ん中でピンクの炎が燃えているような眼であった。





そして……



(続く)




2020年12月17日木曜日

バスローブの男[その49]

 


「ううーっ!」


獣の咆哮であった。ピンクの照明に満たされた『逆さクラゲ』の部屋に入った『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、その咆哮に驚くよりも、眼に飛び込んできたベッドに驚かされた。


「(え!?円形!)」


それは、円形ベッドであった。


「(え、これがリング!?)」


一気に酔いが覚めたような気がした。


「(ロープもないし、『チョチョシビリ』ね!)」


『チョチョシビリ』は、そう、1972年のミュンヘン・オリンピックの柔道の軽重量級の金メダリストである。ソ連の柔道家である。


「(円形リングを用意するなんて、トンミーさんも猪木さんばりの強者ね!)」


そうだ。アントニオ猪木は、1989年4月24日、東京ドームで『チョチョシビリ』と異種格闘技戦を行ったのだ。その時のリングが、ロープなしの円形リングであったのだ。





「(でも、猪木さんは、アナタよ、トンミーさん!私が『チョチョシビリ』よ!)」


アントニオ猪木は、その『チョチョシビリ』との異種格闘技戦で敗北を喫したのだ。異種格闘技戦での初の敗北であった。



(続く)




2020年12月16日水曜日

バスローブの男[その48]



「(これが….これが、『逆さクラゲ』!?)」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、今、眼の前にある建物が、そこには、『逆さクラゲ』のマークがあった訳ではないものの、会社の同僚のトシ代に教えられた『逆さクラゲ』であることを本能的に悟った。


「(ここで、ベッドの上で『組んず解れつ』するのね!)」


酒に酔って足元のおぼつかない体の中に、闘争心が湧いてきた。


「(トンミーさん、ここで『お局様』と一線を交えたのね!)」


マダム・トンミーは、口を『へ』の字に食いしばった。


「入るよ、いいだろ?」


と、諒解を得る言葉を口にしながらも、ビエール・トンミー氏は、マダム・トンミーの肩を抱きかかえ、有無を云わせず、『逆さクラゲ』の自動ドアの中に連れ込んだ。





「(いいわ!負けないわよ!)」


と思うものの、興奮したせいか、マダム・トンミーは、更に酔いが回り、眼を閉じた。そして、次に眼を開けた時、


「(え?)」


眼の前にピンクが広がっていた。『逆さクラゲ』の中の部屋のようであった。


「うっ!」


思わず、えずいた。猛烈な獣臭であった。



(続く)




 

2020年12月15日火曜日

バスローブの男[その47]

 


「え!」


『マダム・トンミーとなる前のマダム・トンミー』は、思わず声を上げた。自分の肩を抱く男、狼のマスクを被ったプロレスラーの手を振りほどこうとした時のことであった。


「さ、行こう!」


狼のマスクを被ったプロレスラーは、より強くマダム・トンミーの肩を抱き、道路の脇の方に身を寄せていったのだ。渋谷の坂道を登った街、そこは円山町であった。


「うっ…」


マダム・トンミーは、眼に飛び込んできた光に、両眼を閉じた。


「大丈夫だから」


男は、マダム・トンミーの肩をより強く抱き寄せ、光の方に歩を進めた。


「(あ!ここは…)」


微かに開けたマダム・トンミー眼が、光の正体を見た。


「(『逆さクラゲ』!)」


そこには、ピンクとオレンジとブルーのネオンサインに包まれた建物があった。






(続く)



2020年12月14日月曜日

バスローブの男[その46]

 


「(んぐっ!んぐっ!んぐっ!)」


渋谷は円山町に登る坂道で、満月を見上げ、心の中で咆哮した狼男とも見える30歳台半ばくらいの男、彼の股間もグイっと、満月を見上げているようであった。


「(んん?臭い!)」


男と並んで歩き、男に肩を抱きかかえられるようにしていた20歳台半ばらしき女は、酒に酔い、半開きの虚ろな眼で、臭いのする方に、自分の肩を抱く男の方に顔を向けた。


「(...ああ、獣臭い!)」


獣の臭いとはどんなものか知らなかったが、本能的にその匂いを獣の臭いと捉えた。


「(え?!狼?)」


獣臭い男は、毛むくじゃらで、狼のように見えた。


「(いや、違う…人間のように立っている…狼男?まさか!?)」


自分が酔っているせいだと思った。


「(あ、そうなのね!マスクね。マスクを被ってるのね!)」


狼のマスクを被ったプロレスラーだと思った。




「(…ううっ、負けないわ!ウルフ・マスク!)」


と、マダム・トンミーは、自分の肩を抱く男、狼のマスクを被ったプロレスラーの手を振りほどこうとしたが……



(続く)