「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、女性に対しても『一途(真っ直ぐな)』自分は、好きな女性と同じファッション業界に入ったが、入社した会社の代表(『森英恵』先生)との面談の際に、『貴方、フランスに行きたいでしょ(フランス勤務になりたいでしょ、の意)』と云われたものの、その会社に入社したのは、ただただ好きな女性と同じ業界に入りたかっただけなので、「いいえ」と可愛げのない回答をした程、『真っ直ぐ』であったと思った。
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「小菅にだって面会に行くさ」
「小菅?」
優しさを見せながら、エヴァンジェリスト氏は、追い込まれた友人をさらに追い込むような言葉を発した。
1979年、友人であるエヴァンジェリスト氏の上井草の下宿に来たビエール・トンミー氏は、乗って来たフォルクスワーゲンの『ビートル』のバックミラーに駐車違反ロックが付けられていた。
「ああ、君は、犯罪者になったんだ」
エヴァンジェリスト氏の冷静な言葉に、ビエール・トンミー氏は、その場に立ちすくんだ。
「君は、これで前科者になったんだなあ」
「ぜ、ぜ、前科者!?」
友人の更なる衝撃的な言葉に、ビエール・トンミー氏は、体が震え出した。
「まあ、いいさ。君が前科者であっても、ボクは君の友人を辞めないさ」
「ほ、ほ、ほ、ほ、本当か?」
「小菅にだって面会に行くさ」
「小菅?」
優しさを見せながら、エヴァンジェリスト氏は、追い込まれた友人を更に追い込むような言葉を発したのであったのだ。
「小菅を知らないか?」
「ま、ま、まさか、刑務所か?」
「フランス語ができないのにフランス語経済学で『優』をとった程の頭脳を持つ君らしくもない。小菅にあるのは、刑務所ではなく拘置所だ」
「刑務所も拘置所も似たようなものだろう」
「いや、拘置所は未決囚の入ることころだ。刑の確定したものが入るのが刑務所だ」
「ああ、どっちでもいい、いや、どっちも嫌だあ!ボクは、小菅に入ることになるのか?」
たかが駐車違反で拘置所に入れられることがないくらい、まさにフランス語ができないのにフランス語経済学で『優』をとった程の頭脳を持つビエール・トンミー氏なら分からないはずはなかったが、その時はそのことにも気付かない程、動揺していたのだ。
「差し入れは何がいい?」
「おお、差し入れをしてくれるのか!」
「ああ、友だちだからな」
「嬉しい…..」
「ビニ本がいいか?」
「おお、ビニ本か!」
ビエール・トンミー氏の眼が潤んで来ていた。
当時、流行っていた『ビニ本』なるエロい雑誌が差し入れで認められる訳がなかろうことは、エヴァンジェリスト氏には判っていたが、動揺する友人を揶揄ったのだ。
しかし、この時、エヴァンジェリスト氏はまだ知らなかった。それから16年後、本当に小菅の拘置所に面会に行くことになることを。勿論、面会相手は、ビエール・トンミー氏ではなかったが。
そしてまた、エヴァンジェリスト氏は、この時、もう一つ、友人について知らないことがあったのである。
(続く)
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