「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、自分は『曲がったことが嫌いな男』なので、広島を出て東京に出てもずっとカープ・ファンなのだ、と思った。
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1979年、ビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏の上井草の下宿に行く前に、フォルクスワーゲンの『ビートル』で、環状7号線を走っていた時、白バイに『捕まった』。
そう、免許を取って初めて運転したその日に、ビエール・トンミー氏は、スピード違反で警察に『捕まった』のだ。
「判っているね、スピード違反。免許証を出して」
と白バイ警官に云われ、ビエール・トンミー氏は、ダッシュ・ボックスから取り立てでピッカピカの免許証を取り出し、白バイ警官に渡した。
免許証を受け取るのに、白バイ警官がビエール・トンミー氏の方に身を乗り出し、白いヘルメットの前方に付けられたエンブレムのようなもの(警察章)が、ビエール・トンミー氏にグッと迫ってきた。
「け、け、警察だ…….」
ビエール・トンミー氏は、自分が警察に『捕まった』ことをあらためて強く認識し、鼓動が収まらなくなった。
ビエール・トンミー氏の目は、白バイ警官の方に向いていたが、その目には、もう警官は映っていなかった。
…..だから、ビエール・トンミー氏は、気付かなかった。
免許証を受け取り、その内容を確認した白バイ警官の頬が微かに歪んだことに。
ビエール・トンミー氏の視線は、虚空を彷徨い、自らが手錠を掛けられ、連行する姿を追っていた。
「ボ,ボ,ボクは、逮捕される……」
その時、思いもかけないものを耳にした。
「ふふ」
微かだが、笑い声であった。
「は….?」
「今日なんだね?」
白バイ警官が微笑を浮かべながら訊いてきていた。
「今日、免許を取ったんだね」
そうだ。その日、ビエール・トンミー氏は、免許を得たのであった。
その日は、初めて運転した日であるだけではなく、そもそも免許を取得した日でもあったのだ。
「にしては、いいクルマに乗っているじゃない」
「はあ……」
免許を取ったその日に初めて運転し、即、スピード違反で『捕まった』のだ。『スピード違反』といっていいスピードで『スピード違反』をしてしまったのだ。
(続く)
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