「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、『曲がったことが嫌いな男』である自分は、1992年から2015年までリーグ優勝できないでいた間もずっとカープ・ファンであった、と思った。
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「うん、では、交通安全に気をつけましょう」
1979年のその日、ビエール・トンミー氏に向け、白バイ警官から想定外の言葉が発せられたのであった。
ビエール・トンミー氏は、フォルクスワーゲンの『ビートル』で、環状7号線を走っていた時、スピード違反で白バイに止められた。
「スピードは出し過ぎちゃいけないこと、分ってるよね?」
免許証を見て、ビエール・トンミー氏にとってその日が、免許を取った日であることを知った白バイ警官は、諭すような言い方をしたのであった。
「今日、免許を取って、今日初めて運転してウキウキしてたのかなあ?ウキウキしていても、ダメなものはダメだよ」
「….はい….」
「彼女のところにでも行くところ?この『ワーゲン』に乗せるの?」
「いえ、友だちのところです。男の…….男の友だちです」
「まあ、彼女でも友だちんちでも、スピード出し過ぎは危ないよ。アナタ、頭良さそうだし、ハンサムなんだから、こんなことしちゃいけないよ」
そして、
「うん、では、交通安全に気をつけましょう」
と云うと、白バイ警官は、ビエール・トンミー氏に免許証を返してそのまま走り去って行ったのである。
「逮捕されなかった……」
環状7号線の道路脇に『ビートル』をしばらく止めたまま、運転席の背にもたれたま、ビエール・トンミー氏は、その横を何台ものクルマが通り過ぎて行くのを見遣っていた。
何分か経ち、ビエール・トンミー氏は、ようやく『ビートル』を発進させ、友人であるエヴァンジェリスト氏の上井草の下宿に向った。
そして、上井草駅の北側にある下石神井商店街を抜けた先のところで(蕎麦屋の『やぶ久』をもう少し行ったところで)、エヴァンジェリスト氏の下宿の前の道への交差点を曲がることができなかったのだ。
「かろうじて『前科者』になるのを免れたからではない」
その交差点を曲がれないのは、スピード違反で危うく『逮捕』されそうになったからではない、とビエール・トンミー氏は思ったのだ。
「ボクは、『曲がったことが嫌いな男』だからなのだ」
幾度か、いや幾度もハンドルを切ってようやく角を曲がることができ、エヴァンジェリスト氏の下宿に着いたが、ビエール・ トンミー氏は、友人に角を曲がれなかったことは云わないでいた。
そうして、かろうじて『逮捕』は免れたものの、その日、環状7号線で『犯罪』を犯したことも、エヴァンジェリスト氏には伏せておいた。
(続く)
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