「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、『曲がったことが嫌いな男』である自分が、それから2年余り後のカナダ出張の際にも、提携先企業のカナダ人社員に堂々と、自分はプロレス・ファン、というか猪木ファンだ、と云うことになることをまだ知らなかった。
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1980年、エヴァンジェリスト氏は、上池袋にいた。
上井草の下宿の大家であるおばあさんが、家を建て替えることになり、エヴァンジェリスト氏が住んでいた離れも取り壊すことになったからである。
大学院生(修士課程)であったエヴァンジェリスト氏は、学費以外の生活費は、奨学金でまかなっており、下宿の変更も自費でまなかうこととした。
「親に面倒をかける訳にはいかない。アイツとは違うのだ。クルマを親に買ってもらった上に、そのクルマで『駐車違反』をするような男とは。『曲がったことが嫌い』なのだ、ボクは」
しかし、生活費はギリギリであり、下宿探しは困難を極めた。
引っ越し費用(運送費)、下宿の敷金、礼金、1ヶ月分の家賃、不動産屋の手数料を含め、5万円内となる物件(下宿)を探すしかなかった。
これは即ち、月1万円以内の物件を探すということであり、当時(1980年)でも至難の技であった。
今と違いネットで賃貸物件を探すことができない時代であったので、エヴァンジェリスト氏は、新宿にあった学生専門の不動産会社を訪れ、月1万円以内で、敷金・礼金合せ2万円以内の物件(下宿)を探してもらった。
学生を相手としているからか、不動産会社の担当者も、超格安物件の依頼にも驚かず、物件を探してくれた。
そして、先ず紹介されたのが、新小岩の物件であった。
え?上池袋ではないのか?そう、上池袋ではないのだ……..
エヴァンジェリスト氏は不動産会社に紹介されたその足で、新小岩に向った。上京して既に7年近く経っており、その間、首都圏の様々な場所に住んだり、訪れたことはあったが、新小岩に行くのは初めてであった。
新小岩駅南口を出て、不動産会社でもらった地図を頼りに、物件へと向った。
その物件は、新小岩駅から10分余りのところにあるごく普通の住宅であったが、そこに行くまでの光景が普通ではなかった。少なくとも若きエヴァンジェリスト氏には馴染みのない光景であった。
物件近くになると、白いシャツに黒の蝶ネクタイをしたお兄さんたちが、店の前を掃き、水を撒いていた。昼間のキャバレー街であった。
「おお!こういうところであったか」
その時、眼前に友人の顔が浮かんで来た。
「アイツなら喜ぶであろう」
華やかな衣装をまとったオネエさんたちが嬌声を上げているキャバレーの中で、頬を緩めているビエール・トンミー氏の姿を想像した。
(続く)
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