「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、自分と同じで『曲がったことが嫌い』な貴乃花光司が、弟子の貴公俊が付き人に暴力を振るってしまった事件で処分されるらしいと聞いたが、エヴァンジェリスト氏としては、同じく弟子が暴行事件を起こした(もっとひどい暴行事件を起こした)春日野親方が処分されたとか処分されると聞かないことは解せないと思うようになることを、まだ知らなかった。
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エヴァンジェリスト氏は、1981年、上池袋の下宿の隣室の隣室に住む50歳台と思しき『お父さん』に頼まれて、『お父さん』の運転する2トン・トラックの助手席に乗り、『お父さん』のベッドを『上福岡』にある『お父さん』の自宅まで運ぶアルバイトをしていた。
「何故、『上福岡』という名前なのだろう?『上福岡』があるのは、埼玉県であって福岡県ではないのに」
という地名の由来への疑問が湧き、エヴァンジェリスト氏の頭の中には、大きな渦が巻いた。その渦はどんどん大きくなり、中学生時代に夢中になって見ていた米国のテレビ・ドラマ『タイムトンネル』のようなものになってきていた。
『タイムトンネル』に主人公のダグとトニーが回転しながら吸い込まれていったように、エヴァンジェリスト氏は、『地名の不思議トンネル』にグルグルと吸い込まれて行っていたのだ。
しかし、
「修士!頭いいんだねえ、顔だけでなく」
『お父さん』の言葉が、エヴァンジェリスト氏を『地名の不思議トンネル』から『現世』に引き戻した。
「でも、親友は、ライバルのハンカチ大学です。それも、変態です」
そんな他愛もない会話をしながら、『お父さん』とエヴァンジェリスト氏とが乗ったトラックは川越街道を順調に進んでいたのであったが……
「あ!」
突然、『お父さん』が叫んだ。
「あ!」
同時に、エヴァンジェリスト氏も叫んだ。
「ドン!」
軽いが衝撃音が走った。一旦、前のめりになったエヴァンジェリスト氏の背中が振り戻されてシートの背にぶつかり、
「うっ!」
と、エヴァンジェリスト氏は軽く呻いた。
事態は把握できていた。目の前で『事件』は起きたからだ。
「あ、あ………」
『お父さん』は吐息を漏らした。
『オカマ』を掘ったのだ。
いや、誤解してはいけない。エヴァンジェリスト氏には、『その趣味』はない。『お父さん』にも『その趣味』はなかったであろう。
『お父さん』が運転し、エヴァンジェリスト氏が助手席に乗った2トン・トラックが、直ぐ前を走る乗用車にぶつかったのだ。
ぶつかった、というよりも、『触れた』と云った方が正しいくらいの衝突であった。
多分、人身事故にはなっていないし、乗用車もトラックもバンパーに凹みも生じていないくらいの『事故』であっただろう。
だが、その『事故』が起きた場所が、絶妙とも云える処であった。
(続く)
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