「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、自分と同じで『曲がったことが嫌い』な貴乃花光司が、弟子の貴ノ岩が横綱日馬富士に暴行を受けた事件で、日本相撲協会と対立するようになることを、まだ知らなかった。
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エヴァンジェリスト氏が住む上池袋の『3.75畳』の下宿で起きた『泣き声』事件の翌年(1981年)のことである。
ある日、エヴァンジェリスト氏の住む『3.75畳』の入口の扉が、突然、ノックされ、誰だろうかと思いながら、エヴァンジェリスト氏は、炬燵から立ち上がり、入口まで行き、扉を開けた。
「ああ、すみませんね、突然」
隣室の隣室に住む50歳台と思しき『お父さん』であった。
「ちょっと、アナタにね、お願いがあるんですよ。アルバイトしてくれませんか?いやね、ベッドを運びたいんですよ」
「は?」
「ここでベッドを買ったんだけど、狭いんでね、ウチに運びたいんですよ」
『お父さん』は、埼玉県の上福岡に家を持っているが、仕事の関係で、上池袋のエヴァンジェリスト氏と同じ下宿に部屋を借りている、説明された。
トラックを借りて、その上福岡の家までベッドを運ぶつもりであるが、一人では無理なので、エヴァンジェリスト氏に手伝って欲しい、というのであった。勿論、バイト代は出す、というのである。
「アナタさ、とっても『真っ直ぐ』そうな人だからね。だから、アナタに手伝ってもらいたいんだよ」
エヴァンジェリスト氏は、『お父さん』の申し出を引き受けた。
バイド代が欲しかった訳ではない。『曲がったことが嫌いな男』としては、困っている『お父さん』を拒否することはできなかったのだ。
こうして、エヴァンジェリスト氏は、『お父さん』を手伝って、『お父さん』のベッドを上池袋から上福岡まで運ぶ手伝いをした。
エヴァンジェリスト氏は、ベッドを載せた2トン・トラック助手席に乗り、トラックは上池袋を出発した。
道すがら、『お父さん』は、自身のことを説明した。
日中は、ある会社でサラリーマンをしているのだが、『危険物取扱者』の資格をとって、夜も、その資格を活かしたバイトで働く日があるのだが、会社もバイト先も都心にある。だから、都心から遠い上福岡の自宅には、帰れない日があるので、上池袋に部屋を借りたのだそうだ。
『お父さん』のそんな説明を聞いていない訳ではなかったが、エヴァンジェリスト氏のは気になることがあり、ぼんやりと前方を見ていた。
(参照:【曲がったことが嫌いな男】石原プロに入らない?入れない?[その44])
「何故、『上福岡』なのだろう?」
エヴァンジェリスト氏は、心の中で呟いた。『お父さん』は何故、『上福岡』に家を買った(或いは、建てた)のだろうか…….と思ったのではない。
「何故、『上福岡』とい名前なのだろう?『上福岡』があるのは、埼玉県であって福岡県ではないのに」
地名の由来への疑問であった。
「いや、『上福岡』だけではないぞ。『東松山』だってそうだ。『東松山』があるのは、埼玉県であって愛媛県ではないのに」
エヴァンジェリスト氏の頭の中には、渦が巻き始めていた。
「お兄さんは学生だろ?どこの大学?」
2トン・トラックを運転する『お父さん』が訊いてきた。
「ああ、OK牧場大学です。今、修士論文を書いています」
我に返ったエヴァンジェリスト氏が答えた。
「へええ、OK牧場大学!名門だねえ」
しかし、エヴァンジェリスト氏はまた直ぐに、渦に飲み込まれていった。
(続く)
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