「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、自分と同じで『曲がったことが嫌い』な猪木さんは、日本プロレスの改革をしようとして失敗して追放され、1972年に新日本プロレスを作ったことを思い出した。
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1980年に、エヴァンジェリスト氏は、新たな下宿候補として下見に来た新小岩の物件に決めることとした。
『曲がったことが嫌いな男』として、鼻が『曲がる』便所臭は困ったが、家賃が安く(月8,000円であった!)、そして、そのこと以上に、新小岩は、『心友』(ビエール・トンミー氏)が気に入るであろうと思ったのだ。
ビエール・トンミー氏は、岡山勤務となっており、普段は来れないであろが、下宿は、ただの友だちではなく『心友』が喜んで来てくれるところでないと困るのだ。
「ここなら、ビエールも、休暇を取り、岡山から新幹線に乗ってでも来てくれるだろう」
そう思い、華やかな衣装をまとったオネエさんたちが嬌声を上げているキャバレーの中で、頬を緩めているビエール・トンミー氏の姿を想像し、微笑んだ。
そして、ビエール・トンミー氏に無理矢理キャバレーに連れていかれ、化粧の濃い、香水の匂いも強いオネエさんたちに囲まれている自分の姿も想像し、股間をやや固くしたが、
「だけどねえ。一つ、問題があんのさ」
大家のおばさんの言葉に我に返った。
「アタシは、貴方みたいに『曲がったことが嫌え』な『真っつぐな』人を好きなのさ。江戸っ子だからね」
と云って、大家のおばさんは茶を啜った。
「それに、貴方はさ、アタシの好きなジェラール・フィリップに似てるし、アタシは、貴方に入ってもらいたいのさ」
『知性の美』と云われたフランスの美男俳優ジェラール・フィリップを持ち出した大家のおばさんのエヴァンジェリスト氏評は、的を射たものであった。
しかし、
「…..?」
おばさんが何を云おうとしているのか分らず、エヴァンジェリスト氏は小首を傾げた。
『花咲ける騎士道』であったろうか、いや、他の作品も見たことがあり、エヴァンジェリスト氏は、ジェラール・フィリップを知らなくはなかった。
確かに自分はハンサムかもしれないが、ジェラール・フィリップに似ていると思ったことはなかったし、『一つ、問題があんのさ』って、何が問題なのだ?
「いやね」
おばさんは、口をへの字にして云った。
「貴方の前にさ、あの部屋を見に来た人がいるんだよ。1週間前に来てさ、手付金を置いて行ったんだよ」
「は?」
だったら、自分はあの部屋を借りることはできないではないか。
(続く)
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