「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、自分と同じで『曲がったことが嫌い』なプロレスラーというか格闘家というか前田日明も、『真っ直ぐ』過ぎて、周囲と摩擦を起こすようになることをまだ知らなかった。
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エヴァンジェリスト氏が、1980年、上井草に替る新たな下宿に選んだのは、上池袋の3.75畳の部屋であった。
台所は共用、トイレも共用であった。風呂は勿論、ない。家賃は、9,000円であった。
3.75畳の部屋は、布団を敷くとそれだけで部屋は、ほぼ埋ってしまったが、それはそれで便利ではあった。
敷きぱなっしの布団を座布団がわりにその上に座り、布団の直ぐ横に置いた小さな炬燵に足を入れ、炬燵を机に論文を書くことができた。
炬燵に足を入れたまま、右手を伸ばし、ミニ冷蔵庫を開け、オレンジ・ジュースを取ることができた。
アウトドア用の5インチ白黒ポータブルテレビである「National RANGER-505」を炬燵の左手に置き、杉良太郎の『遠山の金さん』や天知茂の『非情のライセンス』等の再放送を見ながら、論文を書くこともできた。
しかし、便利なこの『3.75畳』が、エヴァンジェリスト氏に悲劇をもたらすことになるのだ。
上池袋に来ても、エヴァンジェリスト氏は、『曲がったことが嫌いな男』であった。
『3.75畳』の部屋の中も、総てのものが、『真っ直ぐ』に整理されていた。
布団は万年床であったが、起床すると、就寝前の時のように『キチンと』敷かれ直された。
半間の作り付けのクローゼットには、ジャケット等が『歪みなく』ハンガーに掛けられていた。
書籍は、洋書は洋書、小説等の和書は和書、論文の為の参考文献(洋書と和書あり)は参考文献と『明確に』分類されて、カラーボックスに並べられていた(上井草にあった書棚は、『3.75畳』に置くスペースはなく、処分した)。
カラー・ボックスの上には、『赤いきつね』の空き容器が、上井草の下宿同様、『曲がることなく』積み重ねられていた。
ミニ冷蔵庫の中は、整理するもしないもなかった。ジュースの瓶しなかく、それが『真っ直ぐに』立っていた。
『3.75畳』には、半間の押入れもあった。上下二段になっていた。
下の段には、カラーボックスに入り切らなかった書籍が(普段は、余り読まない書籍だ)、数個のダンボール箱に入れられ、『真っ直ぐに』置かれていた。
下の段には、読み終えた新聞紙が、これも上井草の下宿同様、『曲がることなく』積み重ねられていた。
上の段には、衣類を入れた段ボール箱3箱、揃えられて置かれていた。下着は下着の段ボール箱に、セーターはセーターの段ボール箱に、シャツはシャツの段ボール箱に、と分類され、隙間なく『真っ直ぐに』並べられていた。
夏になると、上の段の空きスペースには、ジーパン等のズボン類が、『折り目に合わせて』畳まれ、置かれた。
この押入れは、基本的には、部屋の『延長』であり、常時、襖は開けられていた。
この半間の押入れがなかったら、幾ら整理上手のエヴァンジェリスト氏であっても、『3.75畳』にモノは入り切らず、生活するに窮していたであろう。
しかし、その押入れで、ある時、『事件』が起きた。
(続く)
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