「エヴァさん、曲がれるよね?」
列のすぐ前にいた女性が振り向いて云ったその言葉を聞いた時、エヴァンジェリスト氏は、1976年に行われた『猪木 vs アリ』戦は当時、『猪木は寝てばかりいた』と酷評されたが、30年余り後に、『猪木 vs アリ』戦は実は、超真剣勝負であり、だからこそあんな試合となったと評価され、そして、総合格闘技の原点とも云われるようになり、「自分と同じで『曲がったことが嫌い』な猪木さんは、堂々と戦ったのだ」と主張した自身が正しかったことが証明されるようになることをまだ知らなかった。
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新小岩駅の新たな下宿候補の物件は、北東の6畳の部屋で、東側に窓があったが、住宅密集地なので、窓からは大して光は入らず、少々電車の音が聞こえてくるようであった。
しかし、エヴァンジェリスト氏が気になったのは、部屋の暗さでもなく、電車の音でもなく、臭いであった。
部屋の外にある共同トイレからであろうか、便所臭がしたのである。
「ここだと、アイツは来なくなるな」
『汲み取り式便所』に辟易としていた友人ビエール・トンミー氏のことであった。
しかし、エヴァンジェリスト氏は思い直した。
「助平なアイツは、むしろ好んで新小岩に来るのではないか」
エヴァンジェリスト氏は、ビエール・トンミー氏なら、
「ボクは、『曲がったことが嫌いな男』だ。だから、この下宿は、便所臭に鼻は『ひん曲がり』そうで困ったものだが、まあいいだろう。キャバレー街で、アソコが『直立不動』になるだろうから」
と云うであろうと思ったのだ。
2階の部屋を見たエヴァンジェリスト氏は、1階の居間に通され、大家のおばさんに訊かれた。
「貴方、どうする?」
「はい、お願いします」
エヴァンジェリスト氏は、決めた。『曲がったことが嫌いな男』として、鼻が『曲がる』便所臭は困ったが、家賃が安かったのだ。月8,000円であった。予算の1万円よりかなり安いのだ。
そして、そのこと以上に、新小岩は、『心友』(ビエール・トンミー氏)が気に入るであろうと思ったのだ。
岡山勤務となり、普段は来れないであろが、下宿は、ただの友だちではなく『心友』が喜んで来てくれるところでないと困るのだ。
だから、エヴァンジェリスト氏は決めたのだ。
「ここなら、ビエールも、休暇を取り、岡山から新幹線に乗ってでも来てくれるだろう」
そう思い、華やかな衣装をまとったオネエさんたちが嬌声を上げているキャバレーの中で、頬を緩めているビエール・トンミー氏の姿を想像し、微笑んだ。
そして、
「ボクはいいよ」
と云いながらも、ビエール・トンミー氏に無理矢理キャバレーに連れていかれ、化粧の濃い、香水の匂いも強いオネエさんたちに囲まれている自分の姿も想像し、股間をやや固くした。
「だけどねえ。一つ、問題があんのさ」
大家のおばさんの言葉に我に返った。
(続く)
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