2019年3月9日土曜日

住込み浪人[その20]







「兄ちゃん、アンタだよ!」

学食のオバチャンである。OK牧場大学の学生食堂のカレー担当のオバチャンであった。



「ん?.....」

カレーのカウンターの列に並んでいた『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、声の方に顔を向けた。

「ああ」

その時、初めて、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、カレー担当のオバチャンが呼んだのが自分であることを認識した。

眼はそれまでも開いていたが、心は、

「(『出禁』だの、『バキばら』だの、言葉を何でもかんでも省略してしまうのは、下品極まりない!OK牧場の名が泣く)」

と、列のすぐ後ろのカップルの学生の話に気を取られ、眼には何も見えていなかったのだ。

「何にすんだい、スミローさん?」
「え?スミロー?」

思わず、訊き返した。オバチャンに、『スミロー』と呼ばれたのだ。

「(どうして、ボクが、『スミロー』?『スミロー』って何だ?)」

自分には、『ビエール・トンミー』という立派な名前がある。『スミロー』が、自分のことであるのかどうか判然とせず、『住込み浪人』ビエール・トンミー青年は、カレー担当のオバチャンをただ見返すだけであった。


(続く)



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