『少年』は、東洋工業(現在のマツダ)の設計技師であった父親は真面目な人で、会社の帰りに同僚と飲みに行くこともなかったものの、でも家が裕福であった訳ではなかったが、そんなことではハブテン少年ではあったのだ。
だって、ハブテルと、
「あんたあ、ハブテンさんな」
と母親に叱られるのだ。
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(ハブテン少年[その57]の続き)
「『フィンランディア』じゃ」
1967年、『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の音楽教室で、ムジカ先生は、自身が顧問を務めるブラスバンド部(吹奏楽部)の生徒たちに、そう告げた。
「(は?フィンランド?)」
ムジカ先生の言葉をよく聞き取れなかったエヴァンジェリスト氏少年は、ムジカ先生がどうしてヨーロッパの国名を口にされたのか、と思った。
「今年の文化祭は、『フィンランディア』やるけえ」
どうやらムジカ先生は、ブラスバンド部がその年の文化祭で演奏する曲名を発表されたようであった。そのことは理解した。
「(でも、『フィンランド』って、どんな曲なんだろう?)」
エヴァンジェリスト少年は、交響詩『フィンランディア』を知らなかった。しかし、『フィンランディア』を『フィンランド』と聞き間違えたのも無理はない。言葉(音)も似ていたし(ラテン語では、『フィンランド』は『フィンランディア』となることを、エヴァンジェリスト少年は、後に知った)、申すまでもなく、『フィンランド』の作曲家シベリウスが、ロシアの圧政に苦しむ『フィンランド』のこと想った曲なのである。
「(『フィンランド』って、どんな国かもよく知らないけど…..)」
今なら、『フィンランド』といえば、直ぐに『ムーミン』を連想するであろうが、エヴァンジェリスト少年は、その時(1967年)、まだ『ムーミン』を知らなかった。
『ムーミン』は既に誕生していたし、日本でも『ムーミン』の書籍はもう出版されていたようであったが、『ムーミン』を日本で有名にしたテレビアニメ『楽しいムーミン一家』の放送が開始されるのはもっと後(1990年)のことなのである。
「譜面配るけえ、よう練習せえよ」
配布された譜面を見て初めて、エヴァンジェリスト少年は、曲名が『フィンランド』ではなく『フィンランディア』であることを知った。
「(なんだ、『フィンランディア』かあ)」
他の部員である生徒たちは、驚いた様子はなかった。多分、皆、『フィンランディア』を知っていたからだ。有名な曲であり、ブラスバンド部に入るような音楽好きな生徒にとっては、周知の曲であったのだ。
だが、そのブランスバンド部には、ブラスバンドも音楽も特に好きではない生徒が一人だけ、入部していたのだ。ムジカ先生に入部を決められたから入部しただけの生徒だ。
そして、その生徒は、曲名を聞き違えていたことに驚くよりも、むしろ譜面に驚いたのであった。
(続く)
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