『少年』は、父親が勤務する東洋工業(現在のマツダ)が1963年に発売を開始した『ファミリア』は優れたファミリーカーでああったものの、競合車であるトヨタの『カローラ』の方がずっと売れたが、そんなことではハブテン少年ではあったのだ。
だって、ハブテルと、
「あんたあ、ハブテンさんな」
と母親に叱られるのだ。
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(ハブテン少年[その64]の続き)
「(素敵よ、アナタ)」
きっと『妻』はそう思っているだろうと夢想しながら、エヴァンジェリスト少年は、ステージの上で、アルト・サックスを吹く。1967年の『広島市青少年センター』である。『ミドリチュー』(広島市立翠町中学)の文化祭、ブラスバンド部(吹奏楽部)の演奏だ。
「(今日は、ご褒美に『クッキー』を焼くわね。ふふ)」
アルト・サックスのマウスピースを咥えたまま、心の中で勝手に『妻』と決めた同級生が、台所でオーブンから『クッキー』を取り出すところを夢想する。
「(今日の『クッキー』はフィンランド風よ。ふふ)」
演奏している曲が、交響詩『フィンランディア』だからフィンランド風の『クッキー』と夢想する。しかし、フィンランド風の『クッキー』がどんなものかは知らないし、フィンランド風の『クッキー』なるものが存在するのかどうかも、その時、エヴァンジェリスト少年は、知らなかった。実際には、フィンランドには『スプーンクッキー』なる伝統的な『クッキー』があるのだが。
「ブー、ブブー…..」
『妻』との生活を夢想しながら、エヴァンジェリスト少年は、相変らず、自分のアルト・サックスのパートがどこであるか明確には分らないまま、
「(ええい!まあ、いいか、この辺で…)」
と、アルト・サックスを吹いた。
「ブー、ブブー…..」
そして、なんとか交響詩『フィンランディア』の演奏はエンディングを迎えた。
「バチバチバチバチバチバチ!」
万雷の拍手であった。ブラスバンドの演奏が良かったのからであるのか、お愛想に過ぎないのかは、分らない。しかし、女子生徒の多くは、ある一点を、いや、ステージ上のある男子生徒を凝視めながら、必死で手を叩いていた。
「やっぱりアラン・ドランじゃねえ」
演奏が終り、ブラスバンドの部員全員が立ち上がる。アルト・サックスを首から下げた『アラン・ドロン』も立ち上がった。
「(どこだろう?)」
客席に『妻』を探すが、客席は暗く、やはり見つからない。指揮をされたムジカ先生と一緒に部員全員、礼をする。
「バチバチバチバチバチバチ!」
『妻』も『夫』に懸命の拍手を送っていたことを、つまり『妻』の想いを、『夫』である少年は、その時はまだ知らなかった。
(続く)
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