(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その2]の続き)
「だけどさあ、いいよなあ、この時間にこんな格好で電車に乗ってられるなんて」
片瀬江ノ島行の小田急線の車両で友人エヴァンジェリスト氏と並んで席に座ったビエール・トンミー氏は、周りのスーツ姿のサラリーマンたちを見ながら、満足げな笑みを浮かべた。
「この時間に電車に乗るのは、久しぶりだ」
60歳になっても再雇用でまだサラリーマンをしているエヴァンジェリスト氏と違い、ビエール・トンミー氏は、59歳で会社を退職し、その後は、何もしていない。いや、何もしていなくはないが(夜な夜なシテいることもある)、仕事はしていない。
「定年は60歳じゃないの?」
友人が、59歳で、それまで勤めていた会社(日本を代表する大手食品メーカー)を退職したことを聞いた時、エヴァンジェリスト氏が訊いた。
「一応、そうだけどさあ」
「定年までいて、その後、再雇用、とはしないの?」
「ああ、誰も定年までは会社にいないよ。大体、57-58歳くらいで辞めるんだ」
「ええ!?それでどうするの?どこか他の会社に転職するの?」
「いや、みんな何もしない」
エヴァンジェリスト氏が勤める会社では、殆どの社員が、定年まで働き、再雇用で会社に残る。そうしないと、生活できない。
「50歳半ばになるとね。会社の人事がね、社員を夫婦で呼んで、その後のマネーライフについて説明してくれるんだよ」
「大会社は違うねえ。ウチの会社なんてさ、そんなこと一つもしてくれないよ。定年になる時だって、人事は、再雇用の意思確認含めてね、定年の手続をメールしてきただけだよ。しかも、ボクの場合、本当は定年の半年前に連絡しなくちゃいけないのを忘れて、1ヶ月遅れでメールしてきたんだ」
広島皆実高校の同級生ながら、共に62歳となった今、入社した会社の違いでなのか、2人の老人は、『上級老人』と『下級老人』と身分に大きな差が出ていた。
しかし、その日は(2016年10月18日である)、エヴァンジェリスト氏も、平日なのに、スーツではなく、友人と同じくカジュアル・ウエアを着て、江ノ島に向かおうとしていた。
「平日のこんな時間に、こんな格好してていいのか、と思うんだよね」
エヴァンジェリスト氏は、まだ動き出さない電車で並んで座る友人に、そう呟くように云った。
「ああ….それがダメなんだよお!」
厳しい天使の声が、飛んだ。
(続く)
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