(治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その7]の続き)
「おお、それだ、それだ」
片瀬江ノ島行の小田急線の車両に並んで座る友人が、電車の床に視線を落とすのを見たビエール・トンミー氏は、満足げに云った。
「それでこそ『病人』だ」
「おお、そうかあ?」
と、エヴァンジェリスト氏は、今度は、両肩も落としてみせた。
「いいぞ、いいぞ!『病人』は『病人』らしくしてないとな」
と他愛もない会話を続けている内に、電車は、片瀬江ノ島に着いた。
「久しぶりだ…」
と、改札に向かいながら呟いたものの、エヴァンジェリスト氏には、片瀬江ノ島駅の記憶は余りなかった。いや、殆どなかった。いやいや、全くというか、本当に久しぶりなのか、かつて来たことがあるのか、怪しいくらい、何も覚えていなかった。
「お…!」
根拠なき感傷に浸ろうとしている内に、ビエール・トンミー氏は、もう自動改札を通ろうとしていた。エヴァンジェリスト氏は、歩を速めて友人を追った。
「ああー」
駅を出たところで、友人は、立ち止まり、深呼吸をするように胸を拡げた。駅前には、快晴の空が開けていた。
「(,,,,,,どうして、空はこんなに青いんだ?......)」
友人に追いつき、友人と並んで空を見上げたものの、エヴァンジェリスト氏は、青い空を胸に吸い込むことはできなかった。
「(この男にはないのだ。屈託というものが、ストレスなるものが!)」
まだ立ち止まったままの友人の横顔に多少の憎しみを感じた。エヴァンジェリスト氏は、何も知らなかったのだ。友人が何故、そこでしばらく立ち止まったままであったのか……
(続く)
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