2020年10月31日土曜日

バスローブの男[その2]

 


「そうね、この洗濯機もアータが選んだんですものね」


マダム・トンミーは、『洗濯が好きだから』、と自身のバスローブの洗濯を自分ですることに拘る夫に、そう云うと、洗濯機の置いてあるお風呂の脱衣場を背にした。


「(あの人ったら、本当にIT家電が好きだわ)」


リビングルームに戻り、部屋の隅で家来が殿様の側に控えるようにじっとしているロボット掃除機を見ながら、心中、つぶやいた。夫が選んだ洗濯機もIT家電で、色々なAI機能が搭載されていた。


「(それに、あの人、凝り性というか、拘りが凄いんだもの)」


ロボット掃除機を買う時もそうだったが、洗濯機を買う時も、夫は、主要メーカーの様々な機種について、ネットで調べ、更には、家電量販店に実機を見にも行き、販売員にヒアリングも重ね、その上で、Excelに比較表まで作って検討していたのだ。


「(だから、結婚も遅くなったのね。でも、拘った結果が、アタシだったんだわ。ふふっ)」


マダム・トンミーは、夫より10歳も歳下であった。同じ会社に勤めていたが、部署は違った。自分は、マーケティング部で、夫は、システム開発部であった。


「(色々、噂は耳にしてなくはなかったけど…)」


ハンサムで背も高く、有名大学(ハンカチ大学)出身の夫は、女性社員の憧れの的であった。


「(本当だったのかしら……?)」


秘書室の女性と付き合っているらしいとか、広報部の女性と一緒に夜の街を歩いているのを見かけたとか、システム開発会社の美人SEと深夜までシステム開発部の会議室に2人きりで篭っていたとか、女性に纏わる噂は決して少なくはなかった。






(続く)




2020年10月30日金曜日

バスローブの男[その1]

 


「あら、アータ、洗濯ならアタシがするわよ」


マダム・トンミーは、洗濯機の前に佇む夫の背に声を掛けた。




「え!?」


夫は、白のバスローブを手にしたまま、振り向いた。


「バスローブを洗うの?アタシがするわよ」


妻は、夫のバスローブに手を伸ばした。


「いや、いい!もう、今日の洗濯は済ませんだろ?」


夫は、バスローブを隠すように自らの腹に当て、妻に背中を向けた。


「アータは、洗濯なんかしなくていいのよ」

「ああ、有難う。でもね、ボクは洗濯が好きなんだよ」


ビーエル・トンミー氏のその言葉は、嘘とは云えなかった。



(続く)




2020年10月29日木曜日

疑惑と誘惑の結膜炎[その5=最終回]

 


疑惑と誘惑の結膜炎[その4]の続き)



「あの爺さん、点眼で体を近づけると臭うのよ。老人臭と汗とが入り混じった独特の臭いよ」


眼科の看護師アグネスは、受付をしている同僚のシゲ代に、今、治療を終えて帰って行った老人のことを語っているようで、それはもう独白と云っていいものであった。


「あら、気付かなかったわ」

「あの臭いを嗅ぐと、ついムラムラ、あっ、いえ、ムカムカしちゃって、ええい、どうだ、って目薬を思いっきり、あの爺さんの眼に刺し入れちゃうの」

「アグネスさん、あなたって、ひょっとして......」

「似てるのよ、あの爺さん。高校時代に私を棄てた男に」

「アグネスさん、やっぱり、あなた、トンミーさんのことを....」


シゲ代は、一人興奮を高めていく同僚が心配になった。


しかし......


「いいのよ、あんな奴、ヒィヒィ云わせてやれば」


アグネスはもう、止まらない。


「でも、アイツ、ヒィヒィ云って悦ぶんだわ。だって、ヘンタイなんだから!」

「アグネスさん.......」

「今度、ヘンタイ野郎のアソコにも目薬をきつ~くさしてやる!」






(おしまい)




2020年10月28日水曜日

疑惑と誘惑の結膜炎[その4]

 


疑惑と誘惑の結膜炎[その3]の続き)



「まあ!治療中から?」


眼科の受付のシゲ代は、同僚の看護師アグネスから、今、治療を終えて帰って行った老人が、治療中から変態であると聞き、口を丸く尖らせ、分り易い驚きの表情を見せた。


「そうよ、ドライアイだから目薬をさしてあげるんだけど、その時、『ううーっ』って変な声出すのよ、アイツ」

「効いてるのね」

「そりゃ、効くわ。目薬といっても医療用ですものね。でも、あの『ううーっ』って声は普通じやないわ。分かるのよ」

「他の患者さんだって同じじゃないの?」

「違うの。あの爺さんの顔は、苦痛に歪みながら、どこか快感を得ている顔よ。普段、紐で縛られたり、鞭でぶたれて悦んでるのじゃないかしら」

「そんな趣味の人がいること、聞いたことはあるけど、トンミーさんがそうだったなんて!」

「そんなに虐められたいんだったら、私がほっぺた殴ったり、抓ったりしてやるわ。ハイヒールで踏んづけちゃおうかしら」




「あら、アグネスさんったら...」



(続く)




2020年10月27日火曜日

疑惑と誘惑の結膜炎[その3]

 


疑惑と誘惑の結膜炎[その2]の続き)



「.......きっと、深夜、ネットでエロ画像かエロ動画を見過ぎてるからなのよ」


眼科の看護師アグネスは、受付をしている同僚のシゲ代に、そう云ったが、それは、どこか自分自身に向けての言葉のようでもあった。


「ええーっ、うそお!あの紳士がそんなことを」


今、治療を終えて帰って行った老人のことである。


「さかりのついた中学生と同じなのよ」

「ま、フケツだこと!さかりのついた中学生がナニをどうするのか知らないけれど」

「ここに通院してるのだって、院長か私が目当てなのよ」

「そうなの!?」

「院長って、美人眼科医で有名でしょ」

「ええ、トシ江先生って、ホントお美しいわ」

「私の太ももを見に通う患者さんも結構いるのよ」




「アグネスさんの太ももって、女の私から見ても素敵ですものね」

「まあ、それほどでもないけど。でも、あの爺さんは、本当に舐めるように私の太ももを見るのよ。きっと、家に帰って思い出しては何かしているのよ」

「何かって、何?」

「知らないわよ、変態のすることなんか。あの爺さん、治療中から変態なんですもの」



(続く)




2020年10月26日月曜日

疑惑と誘惑の結膜炎[その2]

 


疑惑と誘惑の結膜炎[その1]の続き)



「司書をしている友だちも云ってたわ。その子の勤めてる図書館にいつも、一見大学教授風だけと、実は変態の爺さんが来るんだって」


眼科の看護師アグネスは、受付をしている同僚のシゲ代に、噂話をする女性特有の眉と口を歪めた表情で話していた。


「どうして変態だと分かるの?」

「ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』が表紙になってる本を見て、興奮してるんだって」




「あら、その方も随分、美術に興味をお持ちなのね」

「違うの。自由の女神ことマリアンヌの胸がはだけてセクシーなのよ。それで興奮してるんだって」

「それって穿ち過ぎじやあなくって?」

「確かなんだって、変態なのは。だって、その本を見て立ち去った後に、ティッシュが残されてたのよ。栗の花の匂いがしたそうよ」

「栗の花?」

「決定的なのは『ヘンタイ美術館』という本を借りていったことなんだそうよ」

「あらま!『ヘンタイ』?!」

「なんか司書の友だちが云ってた爺さんに雰囲気が似てるような気がするのよねえ、あの爺さんは」


今、治療を終えて帰って行った老人のことである。


「トンミーさんって、素敵なおじさまで一度、お茶でも飲みながらお話したいくらいだったのに」

「駄目よ、騙されたら。ドライアイになったのもね、きっと........」



(続く)



2020年10月25日日曜日

疑惑と誘惑の結膜炎[その1]

 

「あの爺さん、久しぶりね」


看護師のアグネスが、受付をしている同僚に吐き捨てるように云った。今しがた、治療を終えて帰って行った老人のことである。


「結膜炎だなんて、変態だからよ」

「あら、高齢になると、涙不足、脂不足でドライアイになりやすいんでしょ?」


同僚のシゲ代が訊いた。


「普通はね。でもあの爺さんは違うわ」

「でもあの方、トンミーさんって、とっても知的に見えてよ。大学教授みたい」




「国保だから、大学教授なんかじゃないわ。ただの退職老人よ」

「そうかしら。じゃ、元・大学教授じやないのかしら。西洋美術史を研究してらしてよ。この間も、『マティス評伝の決定版』って本をお持ちだったわ」

「そんなのポーズよ」



(続く)



2020年10月24日土曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その155=最終回]

 


治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その154]の続き)



「ん、まあ!」


自宅のリビングルームでテレビの江ノ島に関するニュースを見ている内に眠ってしまい、ソファから落ちた夫を抱きかかえたマダム・トンミーが、夫の股間を見て感嘆の声を上げた。


「アータったら、んもう、『元気』になったのねえ!」


夫のビエール・トンミー氏は、自分を抱きかかえる妻の胸の柔らかさを感じたままであった。


「あの頃は、アータ、本当に『元気』だったもの、うふん」


妻は、夫の顔を更に自分の胸に押し付けた。


「むふっ!んぐっ!


夫は噎せた。


「シーキャンドルに上った時も、『Eggs'n Things』でパンケーキを食べてた時も、アータの魂胆、知ってたのよ」

「(え?)」

「鎌倉文学館でも、鎌倉大仏でも、鶴岡八幡宮でも直ぐに腰に手を回して来たでしょっ」

「(あ!)」

「鎌倉駅前のスターバックスでも、テーブルの下で、脚をアタシの脚の間に入れてくるんだもの、アータったら!」

「んぐっ!」

「でええ…その後、むふっ…」


妻は、自分の胸に押し付けた夫の顔を、押し付けたまま揺する。その時、


「ね、知ってる?」


『みさを』の声が、聞こえた。


「(え!?え!?えー!?)」


ビエール・トンミー氏は、再び、今自分が置かれている状況が、分らなくなった。


「(こ、この胸は?)」


柔らかな胸に顔を押し付けられ、両眼は閉じられたまま、頭の中の疑問をよそに、股間だけは自立して『反応』した。


「んぐっ!」


理性が本能に負け、テレビで常盤貴子のキャベジンのCMが流れていることに気付かなかった。


「んぐっ!んぐっ!」


そして、前の晩、有料動画サービスで、若き日の常盤貴子が出演したドラマ『悪魔のKISS』を見たことも忘れていた。




「んぐっ!んぐっ!んぐっ!」


『悪魔のKISS』の中で、ファッションヘルス嬢となった源氏名『みさを』こと、常盤貴子が潔く晒した白い胸を見て興奮したことも忘れ、ただ今の状態に、本能が、股間が、強く『反応』していた。


……一方、サラリーマン時代、『仕事依存症』と診断された友人のエヴァンジェリスト氏は、今度は日々、Essential Workerとしてスーパーのカゴとカートの整理に追われ、その間に、睡眠時間を削って、88歳の女性の自伝的エッセイ集の自費出版のプロデュースと、『病気』は未だ癒えてはいないようであった。



(おしまい)



2020年10月23日金曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その154]

 


治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その153]の続き)



「う、う、う.....っ!」


呻き声をあげるビエール・トンミー氏は、腰を抑えた。したたか打ったようであった。


「エヴァあああ!」


友人のエヴァンジェリスト氏の汚い口の中に吸い込まれ、落ちていったのだ。


「アータあ!大丈夫?」


聞き慣れた女性の声が聞こえた。


「え?」


どうして、友人の口に中に女性がいるのか分らなかった。


「ああ、エヴァさんね。エヴァさんと江ノ島に行ったことあったものね」


眼を開けると、妻の顔があった。妻が、体を抱えていてくれた。そこは、エヴァンジェリスト氏の汚い口の中ではなく、自宅のリビング・ルームであった。ソファの横に落ちていた。


「アータったら、最近、横になるとすぐに寝ちゃうんだからあ」


思い出した。テレビでニュースを見ていたのだ。新型コロナの影響で客足がすっかり途絶えていた江ノ島に観光客が戻って来始めた、というニュースだった。


「アタシとも江ノ島、鎌倉に行ったのに、そのことは忘れたの?ん、もう!」


と、マダム・トンミーは、口を尖らせた。自分よりは10歳若いが妻はもう50歳半ばだ。しかし、拗ねた少女のような表情は可愛かった。そして…


「んぐっ!」


自分を抱えたままの妻の柔かな胸が、頬を圧迫していることに気付いた。






(続く)




2020年10月22日木曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その153]

 


治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その152]の続き)



「違う!違う、違う、違うう!そんなはずはないんだ!」


スターバックス鎌倉店で、ビエール・トンミー氏は、あらん限りの声を張り上げた。


「あの頃、まだスターバックスは日本になかったんだ!そうだ、シーキャンドルだってまだできていなかったし、『Eggs'n Things』もまだ日本進出していなかったんだ!」


ビエール・トンミー氏が、『みさを』と江ノ島、鎌倉に来たのは、まだ大学生の頃だったのだ。今、そのことに気付いたのである。


「だから、そんなはずはないんだ!」


だから、それはまだ結婚前のことで、『みさを』とは不倫ではなかったのだ、と云いたかったのだ。


「でも、君は、『みさを』とシーキャンドルにも『Eggs'n Things』にも、ここスターバックスにも来たんだ。そして、その後…」


お下劣なエヴァンジェリスト氏の口が開き、ビエール・トンミー氏は、金属をかぶせた歯だらけの友人のその口に襲われ、吸い込まれていくのを感じた。




「違う!違う、違う、違うう!そんなはずはないんだあああああ!」


体が回転し、落ちていった。



(続く)



2020年10月21日水曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その152]

 


治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その151]の続き)



「心配するな、奥さんには云わん」


エヴァンジェリスト氏は、スターバックス鎌倉店で、声を荒げた友人のビエール・トンミー氏を宥めるように云った。ビエール・トンミー氏は、『みさを』との関係を、『そんなはずない!』と、強いが妙な否定の言葉を口にしたのだ。


「君が『みさを』と江ノ島・鎌倉の旅をしたことは、奥さんにバレでないんだろ?」


エヴァンジェリスト氏は、友人の眦が上がっているのも気にせず、言葉を続ける。


「『みさを』って、相当な美人だったんだろうな」

「そんなはずないんだ!」


と、ビエール・トンミー氏が否定を繰り返しても、エヴァンジェリスト氏は、怯まない。


「出張したことにでもして、ここまで来たんだろう?このスターバックスを出た後、どこに泊ったんだ?そこでシタんだな、この色男!」




「んぐっ!」


『シタ』という下品な言葉に、ビエール・トンミー氏の股間が、思わず『反応』した。


「やっぱりそうかあ。『みさを』って、そんなにヨカッタのか?」


エヴァンジェリスト氏が、下品というよりもお下劣な笑みを浮かべた。



(続く)





2020年10月20日火曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その151]

 


治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その150]の続き)



「まさか君が、奥さんがいるのに『みさを』と付き合っていたなんてなあ」


スターバックス鎌倉店でビエール・トンミー氏に言葉を詰まらせたのは、友人であるエヴァンジェリスト氏の意外な追及であった。


「10歳も若くて美人な奥さんがありながら、『みさを』とイイコトしてたなんて」


ビエール・トンミー氏が言葉を詰まらせたのは、『みさを』とイイコトをしたということが事実に反するからではなかった。


「(か、か、家内がいるのに?!)」


自分には妻がいるのに『みさを』と付き合っていあっという指摘に驚いたのだ。


「(どういうことだ?)」


ビエール・トンミー氏の眼は、向いの席に座るエヴァンジェリスト氏の顔に向いていたが、何も見えていなかった。


「(いや、結婚前のことだ……そのはずだ…)」


と、ビエール・トンミー氏は口を開けたままでいたが、エヴァンジェリスト氏は、構わず言葉を浴びせてきた。


「どう誤魔化したんだ、奥さんに」

「…?」

「江ノ島、鎌倉に『みさを』と来たことさ」

「…?」

「シーキャンドルに手を繋いで上り、なんだったけ、エッグ…あのホットケーキの店で『アーン』でもしたんだろ?」

「(そ、そ、そんなはず…)」

「鎌倉文学館、鎌倉大仏、鶴岡八幡宮と回った後、ここに座ったんだろ?」




「そんなはずない!」


ビエール・トンミー氏は、思わず声を上げていた。



(続く)




2020年10月19日月曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その150]

 


治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その149]の続き)



「おい、大丈夫か?」


エヴァンジェリスト氏が、向いの席に座る友人のビエール・トンミー氏の顔を覗き込んだ。2人は、スターバックス鎌倉店にいた。


「お腹が痛いのか?」


ビエール・トンミー氏は、お腹を抱えるようにして体をくの字にしていたのだ。


「ん?大丈夫だ」


我に返ったビーエル・トンミー氏は、体を起こしながら答えた。実際には、お腹を抱えていたのではなく、股間に両手を当てていたのだ。『店』で『みさを』から『サービス』と受ける自分を想像し、股間に『異変』が生じたのであった。


「ふううん…君の『みさを』病は、相当重いようだな」


両手を外した友人の股間に視線を落としながら、エヴァンジェリスト氏が云った。




「だからあ、『みさを』なんて知らないって!『みさを』なんていなかったんだ!」


それは本当だったのだ。『みさを』は『みさを』ではなかった。『みさを』は、『店』での源氏名で本名ではなかった。


「それにしても君も、色男というか、罪な奴だなあ」


という言葉とは裏腹に、エヴァンジェリスト氏は、友人の顔のシミを凝視めた。


「くどい!云っただろう、『みさを』なんていなかったんだ!」


『くどい!」と云ったところで引く相手ではないことは知っていたが、次の友人の言葉にビエール・トンミー氏は、言葉を詰まらせた。


「……!」



(続く)





2020年10月18日日曜日

治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その149]

 


治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その148]の続き)



「『みさを』ちゃん、金に苦労していたみたいだ」


スターバックス鎌倉店で、友人のエヴァンジェリスト氏と向いあって座るビエール・トンミー氏は、窓の外を走るクルマのライトに目を閉じ、大学の同期の男の言葉を思い出していた。『店』で『みさを』の『サービス』を受けたと云う男だった。


「カード地獄だったみたいだ」


と、男は云ったが、後に、貧しい実家に仕送りをする為だった、という噂も聞いたが、真相は分らない。




「それで、あの『店』で働くようになったんだろう。でさあ、『みさを』って『店』での源氏名なんだぜ」


そう男に聞いて、初めて、ビエール・トンミー氏は、『みさを』が『みさを』ではないことを知った。だが、『みさを』が誰であるのか、本当の名前が何であるのは分らなかった。


「(だって、あの男から、『みさを』の『サービス』を受けたと聞いた後から、『みさを』とは連絡が取れなくなったんだ…)」


と、思った時、一つの疑問が浮かんだ。


「(あ…?ボクは、『みさを』とどうやって連絡を取っていたんだっただろう?まだ、携帯のない時代だった。でも、『みさを』の固定電話の番号もボクは知らなかった。いや、どこに住んでいるのかも知らなかった…)」


とにかく、あの男に『店』で『サービス』をして以来、『みさを』は、ビーエル・トンミー氏の前から姿を消したのだ。


「(『店』に行ってみようかと思ったけど、出来なかった。行ったら、『みさを』にショックを与えていただろう…)」


と思いながらも、『店』で『みさを』から『サービス』と受ける自分を想像した股間が、強く『反応』した。


「(んぐっ!)」



(続く)