「『みさを』ちゃんったら、さあ」
訊きもしないのに、男は、ビエール・トンミー氏に、男が行ったその手の『店』での『みさを』とのことを話す。ハンカチ大学の同級生だが、友だちではない男だった。
「云ってくれたんだよなあ、『おっきいねえ』ってさあ。ふふふ」
殺意を抱いた。しかし、その時、ビエール・トンミー氏の耳に、
『おっきいねえ』
という『みさを』の甘い声が蘇ってきた。鎌倉大仏を前にした『みさを』の言葉だった。
「(『みさを』は、あの言葉を、『おっきいねえ』という言葉を、あの甘い言葉を、畜生!こんなお下劣な男に云ったのか!嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だあ!)」
という心の中の自分の言葉に鼓膜が破れそうになったビエール・トンミー氏の耳に、
『おっきいねえ』
再び、その言葉が聞こえた。しかし、それは『みさを』の声ではなかった。
「えっ?」
ビエール・トンミー氏は今、自分が、何処にいるのか、何処に何時(いつ)いるのか分らなくなった。
「どうした?」
今度のその声は、友人のエヴァンジェリスト氏のものであった。『みさを』の『サービス』を受けた男と話していたと思ったが、エヴァンジェリスト氏と鎌倉にいることを思い出した。
「おい、暗くて見えないか?もう、鎌倉駅までも戻ってきたぞ」
そこは、小町通りの入口だった。若いカップルが、そこにある赤い鳥居を見上げていた。
『おっきいねえ』
と云ったのは、カップルの女の方であったようだ。
「どうする?もう帰るのか?」
エヴァンジェリスト氏が、訊いてきた。
(続く)
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