「え?君は、あの時、ボクたちの後をつけていたのか?」
小町通りを歩きながら、エヴァンジェリスト氏が、友人のビエール・トンミー氏に驚きの表情を向けた。妻となる女性との初デートで鎌倉に来た時の自分の下心を友人に見抜かれたからであった。
「馬鹿か。ボクは、そんな暇ではない」
当時、休日は本当は暇であったが、ビエール・トンミー氏は、そう返した。
「そうかあ?本当は、千歳船橋の駅に潜んでいたんじゃないのか?」
初デートの日、小田急線の千歳船橋駅改札で待合せたのだ。
「君は、小田急の車両の中にもいたんだろう?」
「ボクは、小田急ではなく、東急派だ」
ビエール・トンミー氏の返しは、論理的ではなかったが、エヴァンジェリスト氏は、友人の言葉を聞いていなかった。妻との初デートの思い出に浸っていたのだ。
「休日なのに、小田急は混雑していたんだ。でも、こりゃ、密着のチャンスだと思ったんだけど、間に他の奴が立ちやがって」
エヴァンジェリスト氏は、その時のことを思い出し、顔を顰めた。
「で、この小町通りさ。ここを歩きながら、手を握るチャンスを窺っていたんだが、手の甲を彼女の手の甲に触れさせようとした瞬間に、こっちを向いて、『露西亜亭』に行きませんか?』と訊かれたんだ。思わず、意味もなく手を挙げて振りながら、『いいよ』と云うしかなかった」
(続く)
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