(疑惑と誘惑の結膜炎[その1]の続き)
「司書をしている友だちも云ってたわ。その子の勤めてる図書館にいつも、一見大学教授風だけと、実は変態の爺さんが来るんだって」
眼科の看護師アグネスは、受付をしている同僚のシゲ代に、噂話をする女性特有の眉と口を歪めた表情で話していた。
「どうして変態だと分かるの?」
「ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』が表紙になってる本を見て、興奮してるんだって」
「あら、その方も随分、美術に興味をお持ちなのね」
「違うの。自由の女神ことマリアンヌの胸がはだけてセクシーなのよ。それで興奮してるんだって」
「それって穿ち過ぎじやあなくって?」
「確かなんだって、変態なのは。だって、その本を見て立ち去った後に、ティッシュが残されてたのよ。栗の花の匂いがしたそうよ」
「栗の花?」
「決定的なのは『ヘンタイ美術館』という本を借りていったことなんだそうよ」
「あらま!『ヘンタイ』?!」
「なんか司書の友だちが云ってた爺さんに雰囲気が似てるような気がするのよねえ、あの爺さんは」
今、治療を終えて帰って行った老人のことである。
「トンミーさんって、素敵なおじさまで一度、お茶でも飲みながらお話したいくらいだったのに」
「駄目よ、騙されたら。ドライアイになったのもね、きっと........」
(続く)
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