「違いますうっ!常盤貴子なんて人知りません!人違いですっ!」
鎌倉の鶴岡八幡宮の本殿(上宮)を前にした暗がりの中でよく見えないなながらに、『みさを』の表情を、般若のようだと、ビエール・トンミー氏は思った。『みさを』は、二人連れの女性たちから、『常盤貴子』ではないか、と問われ、何故か、怒っていた。
「行くわ、ビーちゃん!」
と、『みさを』は、ビエール・トンミー氏の手を取ると、今登ったばかりの階段を下って行った。
「あ、あ、あー……」
『みさを』の剣幕に立ち竦む二人連れの若い女性たちの方に顔を残しながら、ビエール・トンミー氏は、『みさを』に引きずられて行った。
「『みさを』…」
ビエール・トンミー氏は、体を傾けたまま、『みさを』を呼んだ。
「おい、どうした?危ないぞ!また、『みさを』か?」
というエヴァンジェリスト氏の言葉に、ビエール・トンミー氏は、我に返った。
「階段から落ちそうだったぞ」
『みさを』に引きづられて階段を降りて行ったことを思い出している内に、意識が朦朧し、体が自然と階段に向って行っていたのだ。
「そうかあ、ここにも『みさを』と来たんだな」
エヴァンジェリスト氏は、それまでうじうじと漏らしていた仕事の心配もものかは、友人の憂いを楽しんでいるようであった。
「五月蝿い!行くぞ」
と云うと、ビエール・トンミー氏は、独り階段を下りていった。
(続く)
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