「『露西亜亭』?」
鎌倉の小町通りを歩きながら、ビエール・トンミー氏は、エヴァンジェリスト氏が口にした店の名前を訊き返した。エヴァンジェリスト氏は、後に妻となる女性との初デートの地が鎌倉であり、ここ小町通りにある『露西亜亭』に2人で入ったというのであった。
「あれ、君は『露西亜亭』まではついてこなかったのか?」
エヴァンジェリスト氏は、ビエール・トンミー氏が、その初デートの後をつけていたと思っているのであった。少なくとも、そう思っているふりをしているのであった。
「元々、つけてなんかいない」
「『博識大先生』の君が、ここ鎌倉小町通りの『露西亜亭』を知らないのか?」
「知らんが、ロシア料理の店か?」
「やっぱりつけていたんだな」
「名前からしてロシア料理の店だろうということくらい想像つくだろうが」
「カウンターだけの店だが、人気店で混んでいた。で、『露西亜亭』で何を食べたと思う?」
『露西亜亭』は、エヴァンジェリスト氏とその妻の初デートの後、テイクアウト専門の店となった。しかし、エヴァンジェリスト氏は、友人と鎌倉に来たこの時、そのことを知らなかった(更にその後、『露西亜亭』は、2020年2月に閉店したらしい)。
「ボルシチとピロシキか?」
「なーんだ、やっぱりつけてたんだ。その通りさ。ボルシチとピロシキのセットを食べた」
「美味かったんだろう」
「ああ、多分、美味かったと思うんだが、何しろボクは、この後、どうやって手を繋ぐかばかり気になっていたからなあ」
「嘘つけ、スケベ野郎!手を繋ぐじゃなかろう。どうやってどこかに連れ込むか、考えていたんだろうが!」
「待て待て、焦るな。物事には順序というものがあるんだぞ」
「ふん!結局はモノにしたじゃないか!」
友人とのやり取りをクダラナイと思いつつしていたが、ビエール・トンミー氏は、本物の怒りがこみ上げてきたのであった。
(続く)
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