「ああ…」
鎌倉の若宮大路の『段葛』から、若宮大路の横を走る歩道にスーツを着たサラリーマンの姿を見て、エヴァンジェリスト氏が、溜息をもらした。
「昨日の打合せは、どうだったんだろう?」
前日(2016年10月17日=月曜日)、エヴァンジェリスト氏は、滋賀に出張をするはずだった。既存客との打合せの為だった。しかし、産業医の命令で急遽、2週間の休暇を取らざるを得なくなり、その打合せは、後輩の同僚に代ってもらったのだ。
「金曜日に、そのお客さんにだけは、体調不良でしばらく休みを取るから、後輩が代りに打合せに行くことは連絡したけど、他のお客さんには、何も連絡していないんだ。来週も、講演をしないといけないお客さんがあるんだけど」
「気にしない、気にしない」
『段葛』を一緒に歩くビエール・トンミー氏が、右手を挙げ、顔の前で左右に振った。
「産業医にもそう云われた。貴方が気にすることではない、と」
「産業医は、正しい。君が気にする必要はない」
「お客さんに対してどうするかは、上司が考えればいいことだ、と云われた」
「そうだ、その通りだ。あのヘッドセット野郎が講演をすればいいんだ」
『ヘッドセット野郎』とは、エヴァンジェリスト氏の上司であった。コールセンターでもない普通のオフィスでヘッドセットをつけている男だ。
(参考:治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その5])
(参考:治療の旅【江ノ島/鎌倉・編】[その6])
「いや、あの男には無理だ。講演できるだけの知識はない」
「じゃあ、他の奴がすればいいんだっ」
『段葛』を降り、横断歩道を渡り、鶴岡八幡宮の鳥居を潜りながら、ビエール・トンミー氏は、苛立ちを隠さなかった。その苛立ちは、いつまでも仕事のことを気にして、うじうじとしている友人に対してであったが、自分自身に対してでもあった。
「(ボクは、『みさを』を理解していなかった…)」
(続く)
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