「う、う、う.....っ!」
呻き声をあげるビエール・トンミー氏は、腰を抑えた。したたか打ったようであった。
「エヴァあああ!」
友人のエヴァンジェリスト氏の汚い口の中に吸い込まれ、落ちていったのだ。
「アータあ!大丈夫?」
聞き慣れた女性の声が聞こえた。
「え?」
どうして、友人の口に中に女性がいるのか分らなかった。
「ああ、エヴァさんね。エヴァさんと江ノ島に行ったことあったものね」
眼を開けると、妻の顔があった。妻が、体を抱えていてくれた。そこは、エヴァンジェリスト氏の汚い口の中ではなく、自宅のリビング・ルームであった。ソファの横に落ちていた。
「アータったら、最近、横になるとすぐに寝ちゃうんだからあ」
思い出した。テレビでニュースを見ていたのだ。新型コロナの影響で客足がすっかり途絶えていた江ノ島に観光客が戻って来始めた、というニュースだった。
「アタシとも江ノ島、鎌倉に行ったのに、そのことは忘れたの?ん、もう!」
と、マダム・トンミーは、口を尖らせた。自分よりは10歳若いが妻はもう50歳半ばだ。しかし、拗ねた少女のような表情は可愛かった。そして…
「んぐっ!」
自分を抱えたままの妻の柔かな胸が、頬を圧迫していることに気付いた。
(続く)
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