2021年8月9日月曜日

【ビエール先生の『クラス』講座】Eクラスな男・NGクラスな男[その175]

 


<注意>

ビエール・トンミー先生のiMessageによるベンツの『クラス講座』は、ベンツの幾つかの『クラス』に対して、またそのオーナーに対して、辛辣過ぎる評価があるかもしれないが、決して、それらのベンツ、のオーナーを侮辱、差別をするものではない。


西洋美術史としてのビエール・トンミー先生の審美眼と、ハンカチ大学商学部卒の、しかも、SNCFの大家としてのビエール・トンミー先生のビジネス・センスとから、あくまで個人としての評価を述べるものである。


長年のベンツ・オーナーであるビエール・トンミー先生は、総ての『クラス』のベンツとそのオーナーを愛している。ベンツは、『評価』をするに値するクルマなのだ。『評価』をするに値しないモノについては、ビエール・トンミー先生は、言葉一つ吐くことはない。


ビエール・トンミー先生は、時に、ベンツ以外のクルマについても忌憚なき発言をされる(あくまで個人としての評価だ)。この場合も、その対象が『評価』をするに値するクルマだからである。



[ユージローなブルーバード]



「へ?」


というエヴァンジェリスト氏からビエール・トンミー先生へのiMessageは、文字通り『屁』のような間抜けなものであった。ビエール・トンミー先生の生徒エヴァンジェリスト氏に対するiMessageによるベンツの講義は、ビエール・トンミー先生が最初に乗っていたクルマであり、お気に入りであった『ビートル』関するものとなっていたが、生徒エヴァンジェリスト氏は、『ビートル』が生産中止になったからベンツに乗り換えたのだろう、と訊いたところ、『ちゃうで』と、にべもなく否定されたのだ。


「ワテ、『ビートル』2台乗った後に乗ったんは、ベンツやあらへんねん」

「ええ!?『ビートル』とベンツ以外のクルマにも手を出したのですか?」

「なんや、『手を出した』あいうんは。云い方が、オゲレツやで。『他のクルマにも乗ったんか』云えばええんや」

「しかし、『乗る』という表現の方が、なんだか卑猥ではありませんか?」

「クルマは『乗る』もんやで。それのどこが卑猥なんや。アンタ、『乗る』いう言葉で何を連想してんのや。アンタの思考方法そのものがオゲレツなんや」

「で、要するに、『ビートル』2台乗った後に、どういうクルマにお乗りに(ウフッ)なったのですか?」

「やめえな、『ウフッ』ちゅうんは。それに、要するにもなんも、アンタが余計なこと云いだすさかい、話が進まんだけや。ワテが、『ビートル』2台乗った後に乗ったんは、『ブルーバード』なんや」

「ええ、それは意外です」

「まあ、『ビートル』ともベンツとも全然ちゃうクルマやな」

「ああ、でも、分りました」

「何、勝手に分ってんねん?」

「なんだかんだ仰ってても、先生には、『ひろまし』愛があるのですね?」

「はあ?はああああ?今、何、云うた?」

「先生には、『ひろまし』愛がおありなんですね、と申し上げたのですよ」

「なんや、『ひろまし』て?」

「『広島』のことですよ」

「『広島』がいつから『ひろまし』になったんや?アンタ、大丈夫か?」

「2021年8月6日からです」

「なんや、ついこの前のことやないか。自分の出身地のことで巫山戯んのは止めた方がエエんやないか?」

「巫山戯てませんよ、先生。なんだか、『ガースー』というエラい人が(どこがエラいのか知りませんが)、『広島』のことを『ひろまし』と云ったんだそうです」

「ホンマか?ワテ、新体操ばっかしテレビで見てたさかい、知らへんかった」



(参照:【老人たちの戯言】女子新体操ファンになるでえ!



「おお、律儀に新体操を見ていらしたんですね」

「『ガースー』は、ホンマに(本気で)『ひろまし』と云い腐ったんか?」

「『ガースー』というエラい人には、『原爆ドーム』は、げんぱつドーム』と読むことも教わりました」




「なんやてえ!」

「先生、お怒りですね」

「そりゃせやろが」



(続く)




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