2021年10月12日火曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その14]

 


ん?なんでもないよねえ」


バスの座席で臀部をモゾモゾさせたことに気付かれた娘に、母親は、怒るように答えた。


「(うチには、お父ちゃんいうヒトがおるんじゃけえ)」


訊かれもしないのに弁解するかのようにそう思い、少女の母親は、膝頭に置いていたバッグをずり上げ、自らの股間に強く押し当てた。


「お兄ちゃん、わたし、窓側でいい?」


『少年』の妹が、並んで座る兄である『少年』にそう訊いた。『少年』とその家族が、少女とその母親が乗る『青バス』(広電バス)に乗ってきたのだ。


「ああ、いいよ」


と答え、あらためて『ひろしま駅ビル』に目を遣る『少年』の横顔を少女は、誰憚かることなく、後部座席から凝視めた。


「(標準語じゃあ。どうしょう!?)」


何を『どうする』のが分らないのか、少女は、自分でも分らなかったが、それが偽らざる彼女の気持ちであった。


「(やっぱり、『バド』じゃ)」


少女は、『少年』をアメリカのテレビ映画『パパは何でも知っている』の長男『バド』と見ていたが、ブラウン管の中の『バド』は、確かに標準語を喋っていた(日本語の標準語である)。


「じゃあ、ママはパパと後ろね。ふふ」


と、『少年』の母親は、『少年』の父親と自分たちの子どもの後ろの座席についた。




「(なんねえ!)」


少女の母親は、『少年』の母親を敵意が篭り光が増した眼で睨んだ。


「(何が、パパ、ママなん!日本人は、お父ちゃん、お母ちゃん、よねえ)」


『少年』の父親を『パパは何でも知っている』の『パパ』のように思ったくせに、『パパ』の奥さんを『ママ』と認めることはできなかったようであった。男前の『パパ』と釣り合った『ママ』の美貌が憎かったのだろう。


その時、『青バス』は動き出した。



(続く)




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