「(え?お公家さん?)」
買い物かごを持ち、自宅の玄関を出た主婦は、眼の前を通る一団の存在を信じられず、
「(ま、まさかあ!)」
と眼を閉じ、頭を振った。
「(平安時代なん?)」
束帯をまとった成人男性一人に、同じく束帯をまとった少年が一人、十二単衣の成人女性一人、同じく十二単衣の少女が一人、地面を滑るように進んでいた、と見えたのだ。
しかし、再び、眼を開けると、
「(やっぱり違うたあ。そうよね、今は、昭和42年なんじゃけえ)」
当然ではあったが、そこに平安時代の貴族然とした一団はおらず、両親らしき大人2人に、その子ども達らしき少年と少女とが歩いて行っていたのであった。
「お母ちゃん、どしたん?」
主婦は、背後から声を掛けられた。娘であった。小学生か中学生と見えた。
「んん、なんでもないよねえ」
と、主婦である母親は答えたが、
「なんかエエ匂いがせん?」
娘が、鼻をヒクヒクさせた。
「?」
「なんかお香みたいな匂いがせん?」
「え?...ああ、そういうたらあ…」
母親も大きく息を吸った。
「あれ、あの人たち、見たことないねえ」
「ほうじゃねえ」
「牛田に引越してきちゃったんじゃろうか?」
娘は、家族らしき4人連れの中でも、スタイルのいい『少年』のツンと上ったお尻が軽く左右に揺れながら進んでいくのを見ながら、呟いた。
そう、それは、『少年』であった。宇部市琴芝から、その日、広島市引越してきたあの『少年』とその家族が、広島駅から乗った『青バス』(広電バス)を降り、ここ牛田の新しい『我が家』に向う姿を、母親とその娘は目撃したのであった。
「あの人たち、なんか….」
娘が、独り言ちた。
(続く)
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