2021年10月2日土曜日

【牛田デラシネ中学生】変態の作られ方[その4]

 


「…あ、…っ…..うぅ、え?広島?」


特急電車の席でうたた寝をしていた父親が、目を瞬かせながら、娘の方に顔を向けた。


「広島って、大きいの?」


ビエール・トンミー少年の妹は、同級生の女子が使った『大きい』という表現そのままの質問を再度、父親に投げかけた。父親は、出張で幾度か広島に行ったことがあったし、今回の転勤にあたっても、新しい住まいの手配等で事前に広島に行っていたのだ。


「うーん、そうだなあ。街としては、そんなに大きい、というか、広くはないけど、立派な街だよ」


聡明な父親は、娘の質問の真意を汲み取り、適切な回答をした。父親のこの聡明さは、『少年』にもその妹にも受け継がれていた。いや、父親だけではなく、母親も聡明であった。そして、どんなテストでもほぼいつも100点を取る『少年』とその妹の兄妹の聡明は、琴芝小学校の教師たちも舌を巻く程であった。


「父さん、広島って、怖いの?」


それまで車掌から瀬戸内海を見ていた『少年』が、妹と父親の会話に反応し、父親にそう訊いた。


「ん?怖い?うーん、そうだなあ」


聡明な父親も、この息子の質問の真意は測りかね、唸りながら、答えた。


「怖いところもあるようなんだが、お父さんは、広島で怖いことにあったことはないよ」


父親が『怖い』でイメージしたのは、後に映画『仁義なき戦い』で描かれる広島の暗部であった。




しかし、『少年』が気にしていたのは、引っ越しが決った時に、琴芝小学校の担任の先生から云われた言葉であったのだ。


「広島に行ったら揉まれるで」



(続く)




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