「ああ、あれは、『赤バス』なんだけど…」
『少年』の父親は、広島駅前のバス停から動き出した側面に赤い横線が走り、『犬』だと自分が云った動物が描かれたバスを見ながら、呟くように息子に説明を始めた。
「え?『赤バス』?」
『少年』は、聞き間違いでもしたのか、という表情で父親を見た。
「本当は、『広島バス』なんだけど、いやいや、正確には、『帝産広島バス』なんだけど」
という父親の説明に、聡明な『少年』の頭も混乱をきたした。
「『テイサン』?」
「ああ、帝国の『帝』に産業の『産』の『帝産』だ。元々は、『広島バス』だったんだけど、最近、『帝産オート』という会社の傘下になったから、名前を『帝産広島バス』に変えたんだ。まあ、『広島バス』は、元々『帝産オート』の事業を受け継いでバス事業を始めたんだがな。その『帝産オート』は、前身はバス会社ではなく、『帝國産金興業』という金を掘る会社だったらしい。それで、『帝産』という訳だ」
父親は、聡明であるだけではなく、博識でもあった。その博識力は、『少年』にも受け継がれ、後に、大人になった『少年』は、数多の女性から、
「ホント、ハクシキねえ」
と云われ、持ち前の美貌と合せ、その女性たちを蕩けさせていくのであった。
「へえ、そうなんだ」
『少年』は、小学校を卒業したばかりの子どもにはまだ難しかったであろう父親の説明を理解したが、疑問が残った。
「でも、どうして、『赤バス』なの?」
「ああ、見た通り、赤い線が車体に走っているだろう。だから、『赤バス』なんだ。でも、『青バス』があるから『赤バス』でもあるんだろうなあ」
「え???『青バス』?」
『少年』こと、若き日のビエール・トンミー氏の頭の中には、疑問が渦巻き始めていた。
(続く)
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