「え?アレ?」
『少年』は、上田吉二郎のような男たちへの恐怖とは別の怖れ、だけれどもまだ知らぬ怖れに不安に駆られた表情で父親に顔を向けた。
「ピカドンだよ」
父親の顔は曇っていた。丁度、太陽が雲に隠れ、車窓から特急電車の車内に差し込んでいた光も弱くなり、父親の表情はより沈んでいるように見えた。
「ああ…」
『少年』は、ピカドン、つまり、原爆が、これから引っ越していく広島に落とされたことは知っていた。しかし、それは20年余り前の昔のことであった。『20年余り前』は、『少年』には遠い昔なのであった。歴史上の出来事であったのだ。
「(なーんにも無くなったと聞いたけど)」
とは思っても、『なーんにも無い』という状況がどのようなものか、分からず、『少年』の脳裏に描かれたのは、西部劇の荒野のようなものであった。当時、テレビ放映されていた『ララミー牧場』ででも見た西部の荒野である。その西部の荒野をイメージしながら、親に買ってもらったおもちゃのピストルで、ロバート・フラー演じる『ジェス』の早撃ちを真似たものであった。
仕方がないのだ。『少年』は、まだ『少年』であったのだ。
しかし……
「(え!ここが広島!?)」
特急電車を降り、改札を出て、更に外に出た『少年』は、人の多さ、賑やかさに驚いた。尤も、当時(1967年3月)の広島駅前は、今(2021年)のように再開発され、整備されてはおらず、まだまだ『戦後』を感じさせる建物も少なくはなかったが、『少年』が振り返って見上げた『ひろしま駅ビル』は、大きく、新しく、近代的で、美しいものであった。ほんの1年余り前までは、そこに被曝した古い駅舎があったことを『少年』は知る由もなかった。
「(るるるーっ….)」
『少年』は少し、身震いした。
(続く)
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