「……なるほどなあ」
駅の『南北問題』解決の為には、駅だけではなく線路自体も上にあげればいいではないか、と食い下がってくる『少年』の考えに対し、『少年』の父親は、言葉に詰まりながらも、怒ることはせず、その考えの問題点を指摘する。
「その通りだとは思う。線路を上にするっていうのは、『高架』というんだが、線路を敷く時から『高架』にするならまだしも、既にある線路を『高架』にするのは、簡単ではないと思う。駅のところだけ線路をあげる訳にはいかないだろう」
「それはそうだね」
「線路がある地点からいきなり『高架』になると、電車がそこを登ることはできない。路線全体か、少なくとも駅の前後のある一定区間を『高架』にしないといけないだろう。それには、随分なお金と期間とがかかるだろう」
「大変だからしないの?」
「え?!」
「大変だからしない、としたら、何も変わらないんじゃないの?」
と、牛田方面へと向う『青バス』(広電バス)の中で、『少年』の父親は、後ろの座席の自分に振り向き、瞬きもせず、凝視めてくる『少年』に対し、今度は、言葉を返すことができなかった。
「……」
自分の息子ながら、一種の『畏れ』を感じたのだ。『恐れ』ではなく『畏れ』を感じたのだ。そして、徐に口を開いた。
「そうだ。ビエールの云う通りだ。何事も、大変だからしない、ではいけないんだ。いつまでもその心を忘れるんじゃないぞ」
父親のその言葉は、『少年』の南北問題への提案への回答となるものではなかったが、『少年』は納得し、バスの進行方向に身を戻し、父親は、そのまだ小さな背中を見ながら、思った。
「(この子は、尋常ではない人間になるかもしれん。自分の息子ながら…)」
『青バス』は、牛田に近づいて行った。
(続く)
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