「ウチ、食べるけえ」
上目遣いでビエール少年を凝視め、少女『トシエ』は、小声ながら、強い意思を込め、そう云った。
1967年4月、広島市立牛田中学校1年X組の教室、放課後、英語を教えてもらおうと、数人の女子生徒が、ビエール少年をとり囲んでいた。
「納豆をご飯にかけて食べてもええ」
「ええ?気持ち悪いよ」
「ええんよ。『バド』がそうするんじゃったら、ウチも食べるけえ」
「納豆に醤油もついとるんよ」
「ええけえ。『バド』が納豆に醤油つけてご飯にかけて食べるんじゃったら、ウチ、目をつぶってでも、『バド』と一緒に食べるけえ」
「ああ、そういうことなんねえ。ほいじゃったら、ウチも、ご飯に納豆かけて食べるけえ」
少女『トシエ』が、ビエール少年の『妻』気取りであることを理解した女子生徒も、『妻』の座を狙ってきた。
「アンタは、せんでええ」
「何、云うとるん!」
「ウチも、お菓子じゃあ思うて、トンミーくんと食べる!」
「ウチ、納豆ご飯、大丈夫じゃ。ホントはねえ、弟と一緒にウチもご飯に砂糖かけて食べたことあるんよ。トンミーくん、一緒に納豆ご飯食べようや」
他の女子生徒たちも次々と参戦表明をしてきた。
「…….?」
ビエール少年は、互いに敵意をむき出しにする女子生徒たちの輪の中で呆然としていた。
第二次性徴の早い中学一年の女子生徒たちに比べると、まだ『幼い』ビエール少年は、自分を囲む女子生徒たちが、英語を教えてもらうことも忘れ、何故、自分と一緒に納豆ご飯を食べることに夢中になるのか、理解できないでいたのだ。
「トンミーくん、そろそろ帰ろうやあ」
と、『ハナタバ』少年に声を掛けられ、ようやくビエール少年は、彼には意味不明であった女子生徒たちの争いの渦から逃げ出したのであった。
(続く)
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