「(多分、英語)オオ、アナタハ、『バド』?」
と、いう声の主を見た少女『トシエ』の両眼は、瞬きを忘れていた。
1967年4月のある土曜日、広島市立牛田中学を出た1年X組のビエール少年と『ボッキ』少年が、『ハナタバ』少年と、後で『秘密の入口』で会おう、と別れたところであった。いつからか、ビエール少年と『ボッキ』少年の背後にいた少女『トシエ』が、『秘密』という言葉を捉え、何の『秘密』か追求してきたのを、『ボッキ』少年は、『高橋圭三』のセリフ『事実は小説より奇なりと申しまして』を持ち出し、話をはぐらかせようとしたことから、話は、詩人『バイロン』の長編叙事詩『ドン・ジュアン』へと派生していっていたが、少女『トシエ』は、ビエール少年に外国人の友人がいると勘違いしていたところであった。そこに、背後からの大きな声の風圧に、少女『トシエ』の体は、ビエール少年にぶつけられ、次に、何かに肩を掴まれ、ビエール少年から引き離されたのであった。
「へ?外人?」
そう云うと、両目を見開いたままであった少女『トシエ』は、眼前の赤い髪の若い女性に向け、口も開いたままになった。外国人女性であった。
「(多分、英語)アナタハ、アメリカ・ジン、デスカ?」
と、赤い髪の若い女性は、自分に対して何かを云った日本人少女を無視し、その少女にさっきまで抱きつかれるようにしていた少年に対して、質問を続けた。そして、
「(拙い英語)アイ・ム・ナット・アメリカン」
と、答えてきた少年に対し、驚きの大きな声を上げた。
「(多分、英語)アナタハ、エイゴ・ヲ・ハナスデハアリマセンカ!」
「(拙い英語)バット、アイ・ム・ナット・アメリカン」
「(多分、英語)アナタハ、『バド』ジャナイノ?『バド』は、アメリカ・ジン・ノ・ニックネーム・ヨ」
「(拙い英語)バット、アイ・ム・ナット・『バド』」
と、続く赤い髪の若い女性とビエール少年の会話を、少女『トシエ』と『ボッキ』少年は、共に、体を硬直させたまま、眼だけで追っていた。
(続く)
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