「でもね、『バイロン』は、『事実は小説より奇なりと申しまして』って云ったんじゃなくって」
と、ビエール少年が、NHKのクイズ番組『私の秘密』の司会者『高橋圭三』の名セリフの解説をしていた。
1967年4月のある土曜日、広島市立牛田中学を出た1年X組のビエール少年と『ボッキ』少年が、『ハナタバ』少年と、後で『秘密の入口』で会おう、と別れたところであった。いつからか、ビエール少年と『ボッキ』少年の背後にいた少女『トシエ』が、『秘密』という言葉を捉え、何の『秘密』か追求してきたのを、『ボッキ』少年は、『高橋圭三』のそのセリフを持ち出し、話をはぐらかせようとしたのであった。
「『バイロン』が云った、というか、書いた言葉はね、『奇妙な事だが、真実だ。 真実は常に奇妙であり、 作る事よりも奇妙であるから。』なんだ。『バイロン』が、長編叙事詩『ドン・ジュアン』に書いた言葉なんだって」
それは勿論、ビエール少年が父親から聞いたものであった。『私の秘密』の高橋圭三の名セリフを聞いた時にである。
「『ジョージ』?『ジョージ』いう友だちもおるん?」
まだ中学一年になって1ヶ月も経っていない少女『トシエ』が、『叙事詩』というものを知らず、それを『ジョージ』と聞いたのも仕方のないことであった。
「いや、『ジョージ』じゃなくって、『叙事詩』だよ。歴史や英雄のことを書いた詩のことなんだ」
「なんか難しゅうて、よう分らんけど、『ドン』とか『ジュなんとか』いう友だちもおるん?」
「『ドン・ジュアン』だよ。『ドン・ジュアン』って、スペイン人で、スペイン語だと、『ドン・ファン』なんだって。ほら、『岡田真澄』ていう俳優いるでしょ?」
「ああ、知っとる、知っとるよ。なんか男前の人じゃろ。でも、お兄さんは、外人さんじゃけど、ちょっと変じゃね。最近、耳を動かしとるけえ」
丁度、『岡田真澄』の兄である『E.H.エリック』が小野薬品のテレビCMで耳を動かしていた頃であった。
「『岡田真澄』って、あだ名が『ファンファン』なんだって。それって、『ドン・ファン』、つまり、『ドン・ジュアン』から付けられたんだそうだよ。『ドン・ファン』って、男前で女の人たちから人気があったからじゃないかな」
「ふうん、そうなん。今度から、『ファンファン』って呼ぼうかいねえ。うふん」
と、少女『トシエ』は、鞄を体の前に持つ両手を窄め、ビエール少年を上目遣いに凝視め、頬を染めた。
「(んぐっ!)」
両手を窄めることで、少女『トシエ』の胸がより大きく見え、ビエール少年は、思わず、自らも鞄を体の前に持っていき、自分でも未だその正体を知らぬ、ある『異変』を誤魔化そうとした。
(続く)
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